讀賣新聞は毎日「人生案内」を掲載しています。投稿者は若い人では中学生、この年でよくも新聞を読むもんだ、と感心します。80歳を過ぎてもまだ不満だらけの人もいます。しかし、ほとんどが「そんなこと、自分で考えたら」というような内容です。その愚にもつかない相談に、弁護士、教育家、哲学者、精神科医、作家、スポーツ解説者など多彩な相談員が対応しています。ときには投稿者があまりにも非常識なため、相談員がたしなめるケースもありますが(この方がかえって面白い)、全体として「この相談って本当に役立っているのか?」という疑問がわきます。
『台所から北京が見える』(ちくま文庫)を書いた長澤信子さんの第二の人生は、この「人生案内」がきっかけとなり始まりました。
〈人生案内〉 担当 福島慶子
私のライフワーク一一家事のひまに身につけたいが一一
25歳の主婦、主人は28歳の会社員。3歳と1歳の2児があります。夫婦互いに信頼し合い、つましいながら、しあわせな毎日を送っています。主人は生活の大部分を仕事に打ちこみ、私は懸命に育児にはげんでいます。
だが私たちは若く、子どもが成長したとき、巣立っていく喜びといっしょに、虚脱感を味わい、生活の目的を失うのをおそれています。ですからいまから少しのひまを見いだし、なにか私のライフワーク(一生をかける仕事)をしっかり身につけたいのです。そして十年、十五年後、それが自分の楽しみでもあり、人格の成長にも役立つようなそういう目標を持った毎日の生活がしたいのです。
でも私は、高校を出ただけでなんの趣味もなく、また社会事業にもそれほど情熱を持てそうにありません。主人は良識ある社会人として毎日を一生懸命生きてゆけばそれでよいといい、私も本当にそうだとは思いますが、それではいまの私に対する回答にはならないのです。(東京・N子)
〔答〕この欄には珍しく明るくて賢明、かつもっともな相談でたのもしく思うと同時に、あなたのご主人の意見もまことに正しく、お二人とも賢い夫婦にちがいないことをよろこびます。
‥‥‥‥。人の手がけぬような外国語を、家事の片手間に少しずつマスターしていくものプラスになります。‥‥‥‥。
「人の手がけぬような外国語」にピンときた長澤さんはご主人に相談しました。中国の大連などに住んだ経験のあるご主人は即座に答えました。
「中国語がいい!」
当時、まだ日中の国交はなく中国語はレアな外国語でした。長澤さんは即座にとりかかったわけではなく子育ての段落がついた36歳から中国語を始め40歳で通訳になりました。10年以上情熱を温めながら子育てに専念していたのでした。その後のパワフルな活躍を読むと、「人生案内」がなくても充実した人生を送れたと思われます。ジェンダーがウンヌンカンヌンと取りざたされていますが、長澤さんは、まさに「甘えない人」でした。