「今度のピルはそんなに悪くはないんですけど、何となく元気がなくなるような気がします。以前のピルにもどしてもらっていいですか?」
若い患者さんが言いました。患者さんが飲んできた薬はドロエチといって、数あるピルの中でも男性ホルモン作用が一番少ないタイプです。男性ホルモンはニキビを助長させるので、ニキビを気にするため処方した結果、このような感想を述べられたのでした。
男性ホルモンには行動を活発にする作用があります。昔、よく使われていた更年期障害用の女性ホルモン・男性ホルモン混合デポ注射は実によく効きました。70歳を過ぎてもこの注射がないとダメだ、という患者さんが夜遅くに来て、しかたなく打ったことがありました。注射の効き目か気のせいかは分かりませんが5分くらいで患者さんは元気になりました。こんなに効く注射ですが、血栓症のリスクありということで、最近はホルモン補充療法のガイドラインには薬品名すら掲載されていません。
さて、若い患者さんが以前飲んでいたピルはフリウェルという薬でした。低容量(LD)と超低容量(ULD)があります。ULDは副作用が少ないのですが、不正出血をきたすことがあります。そんな患者さんにはLDを処方しています。いずれも病院で処方されるピルの中では低価格です。患者さんはULDを飲んでいたので、ULDにもどしたところ、その後の不調はありませんでした。LDもULDもニキビに影響するほどの男性ホルモン作用はありません。
今回の話題にあげているピルは生理痛の治療薬として保険が使える薬ですが、多くの女性を対象とした調査によると、生理痛よりも生理前の体調不良で悩むケースが多いことが判明しました。いわゆる月経前症候群(PMS)と月経前不快気分障害(PMDD)です。両者とも妊娠の準備のために卵巣の黄体から分泌される黄体ホルモンと卵胞ホルモンが増加することで引き起こされます。生物の宿命として本人が望もうが望まなかろうが勝手に卵巣や子宮は生殖活動をします。それにストップをかけるのが低用量ピルです。
月経前不快気分障害は、精神科のテキストにも掲載されているやっかいな病気です。パッと思い起こすだけでも3人の重症な患者さんがいます。
一人目は低用量ピルが解禁される1年前から治療していた30歳代の方でした。心療内科の病院で7年間入退院をくり返していて、とくに生理の前になると気分のコントロールがつかなくなり手首を深く傷つけていましたが、低用量ピルが使えるようになって社会復帰することができました。二人目はまだ中学2年生でした。初診時、お母さんが運転してきた車の中でまるで山猫のようにギラギラした目でこちらをにらんでいました。ヤーズ(ドロエチの先発品)で何とかなり、19歳になってからは必要なくなりました。三人目は東京の看護学校の学生さんで、PMDDのコントロールがつかず大学病院の精神科で治療を受けていましたがダメで地元の札幌に戻ってきました。フリウェルULDを3クール飲んだ段階で自信がつき東京へ帰りました。北大の精神科大学院でPMDDの研究をされている女性の先生に自慢話をしたら「婦人科の治療はそんなに早く効果が出るんですね、うらやましいです」と言われました。
低用量ピルの中で比較的男性ホルモン作用があるのがジェミーナです。「性欲が強くなって困っています」と言う患者さんに対してフリウェルに換えました。ピルも色々です。