佐野理事長ブログ カーブ

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第591回 忙酔敬語 バルセロナの思い出

 今は二人の娘も結婚して家を離れていますが、昔は1週間ほどの休みをとって家族で海外旅行をしたものでした。18年前には、あこがれのバルセロナに行きました。昭和の時代、サントリーの宣伝でガウディの建築物が紹介されて以来、一度は行ってみたいと思っていました。とくにいつ完成するか分からないサグラダ・ファミリアは必見でした。

 ガウディの建築物は、公園・集合住宅をはじめ市内のあちこちにありました。やはり圧巻はサグラダ・ファミリア。高い建物なので市内のどこにいても塔の先っぽくらいは目に入りました。日本人の建築家も参加して急ピッチで完成をめざしていました。

 ヨーロッパの世界遺産級の建築物を見ると、ミラノのドームなど建物というよりもデカイ彫刻といった方が日本人には分かりやすいと思います。ガウディの制作した部分はまさに彫刻でした。それに対して新しい部分は鉄筋コンクリートを駆使した近代建築でした。ガイドさんは「ガウディも納得するでしょう」と説明していましたが、たとえるならまさに「びんぼっちゃま」みたいで哀れな姿でした。

 ガウディは突然現れた天才だと思っていましたが、同時代のバルセロナにはムンタネーという建築家がいて、世界遺産の「カタルーニャ音楽堂」や「サン・パウ病院」を残していました。両方ともガウディ作と言われても分からないほどコテコテで、とくに「サン・パウ病院」は、ときどき古くなった石材が落ちてきて怪我人が出てしまうので、私たちが訪れた数年後には閉院となったそうです。たまたま救急車が建物のそばに駐車していたため現役の病院だと分かりましたが、デザインといい危険度といいとても安心して治療を受けられる雰囲気ではありませんでした。

 バルセロナはカタルーニャの首都で、スペインの一部と思ったら大間違いです。私は海外旅行をするときは、できるだけホテルマンに現地語で挨拶します。下手くそでもご愛敬で、相手はニッコリ笑ってくれます。ところがバルセロナのホテルマンはスペイン語で挨拶しても軽くうなずくだけで顔色一つ変えません。南欧の人たちはイタリアをはじめネアカと聞いていたのに変だな、と思ってサグラダ・ファミリアの下で『地球の歩き方スペイン』を読み直してみたら、スペイン語とカタルーニャ語の比較の欄がありました。スペインとカタルーニャは現在のロシアとウクライナみたいに微妙な、と言うより険悪な関係です。これじゃスペイン語で挨拶してもシカトされるわけです。

 一人でブラブラした後、ホテルに入るとき、カタルーニャ語で挨拶したら、はじめてニッコリ笑ってくれました。出かけるとときと帰るときと2カ国語を使い分けるという芸当がこんなに効くとはビックリでした。翌日、家族でタクシーに乗ったとき、運転手のおじさんにカタルーニャ語で「ありがとね、さよなら」と言ったら、太鼓腹のおじさんは席から降りてきて「お前さんの言ったのはまさにカタルーニャ語だ。日本人にカタルーニャ語で挨拶されたのははじめてだよ!」と熱く語りました。本当は何言ってんだかサッパリでしたが、身振り手振りで見当はつきました。

 平和な日本では、人ごとのように戦争反対と言っていますが、現地人どおしの敵愾心はかように現地に行ってみないと分かりません。第二次大戦でフランスは早々にナチスドイツに降伏しました。普仏戦争や第一次大戦でフランス人はもう戦争はこりごりという雰囲気だったそうです。そして日本みたいに大きな損害を受けることはありませんでした。