伊藤雄馬さんは36歳の言語学者です。大学生の頃から自分が社会生活に馴染めそうもないと自覚して大学院へ進みました。学問を志したのではなく逃避みたいなものだったので、勉強の積み重ねの必要がなさそうな「消滅の危機にある」ムラブリ語の現地調査を研究テーマに選びました。それが雄馬君の人生にとって運命的な出会いとなりました。
ムラブリとはタイからラオスの山岳地帯に住む500人程度の少数民族です。遺伝学の研究によると、文明から取り残された採集民族ではなく、もともとは農耕を営んでいた人たちが支配関係を嫌って山に逃げたということが判明しています。この点はアマゾンの奥地に住むピダハンの人々とは違います。ピダハンは純粋に文明から切り離された民族です。
両民族に共通するのは、今、現在目にしている物事以外の抽象的な事柄に関する表現がないということです。数や神といった概念もほとんどありません。したがってキリスト教の宣教師もお手上げで、布教活動はあきらめて、言語に関する研究に切りかえました。
ムラブリでは身につけるものは男子ならフンドシだけで基本裸足です。食料は必要に応じて森で調達します。道具もなしでほとんど手ぶらででかけます。外部への関心がないので無表情ですが、機嫌が悪いというワケではありません。収穫物がなくなれば別の土地に移動します。ムラとは人のことでブリは森、だからムラブリは「森の人」という意味です。
ラオス側に住んでいるムラブリは昔と変わらず移動生活をしていますが、タイ政府は定住政策をとっているので、気のおもむくままの生活に制限がかかるようになりました。そうなると明日、明後日の予定などに思いを巡らせる必要が生じて、なかには追いつめられて自殺する若い女性も現れました。彼女はムラブリのなかでは活発で積極的な子でとても自殺するようには見えませんでした。雄馬君が長老に「なぜ彼女は自殺したのか?」と問うたところ、長老は「長く考えたからだ」と答えました。
ここで思い出したのが、50年も前に読んだ本田勝一著『カナダ・エキスモー』です。当時のエスキモーたちは、セイウチやアザラシなどの狩りをしてその生肉を食べるという伝統的な生活をしていました。ムラブリ同様、狩りは必要に応じて行われ、貯蔵がなくなったらまた狩りに出かけます。しかし、相手が都合よくいるわけでなく、獲物がないときは飢えの危機に直面することがしばしばありました。当時のカナダ政府は、エスキモーに読み書きを中心とした教育を行っていましたが、本田氏は「今のエスキモーに必要なのは算数で、あと何日で食料が尽きるので計画的に狩りをする、という判断力を身につけることが最優先だ」と憤慨していました。
その後、教育が行きわたり、エスキモーのほとんどが定住するようになりました。すると自殺者が世界でもトップレベルで出現するようになりました。本を読んだときは、どうしてこうなったのか理解に苦しみましたが、ムラブリの長老の「長く考えたから自殺したんだ」という言葉で、50年ぶりに腑に落ちました。
パニックを患っている年配の女性が、足のむくみと冷え、腹部の痛みで受診しました。何でもマレーシアの離れ小島でボランティア活動をしているとのこと。
「外国にいるときはパニックは大丈夫なんですか?」
「気を使うことがないから不思議とラクなんです」
ムラブリの生活は現代社会の我々にも学ぶべきことが多いようです。