佐野理事長ブログ カーブ

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第580回 忙酔敬語 寿命をのばす

 年末にNHKで、東京大学の研究グループがネズミの老化を防ぐ実験に成功した、と報道されました。これを発展させればネズミの寿命は6倍にもなり、ヒトの不老不死も夢ではない、という雰囲気でした。数日後、このことをネットで知った郷久理事長が、スマホをかざして興奮気味に言いました。

 「すごいねえ、年をとらないんだって!この写真見てごらん」

 若々しいマウスと老いさらばえたマウスの姿、さらにそれらの細胞の顕微鏡写真が写っていました。

 「ケッ、そんなに生きてどうするんですか? 生態系が乱れるだけですよ!」

 さすが年の功、郷久先生は弟子である私の無礼な言動はシカトしてくれました。

 私はせがれの晴朗院長に確認しました。

 「おい、お父上は永遠に生きたいと本気で思っているんだろうか?」

 院長はニヤリと笑ってうなずきました。

 この前向きなエネルギーが、いまだに学会活動をしたり、教科書を書いたり、ひいては当院を発展させる原動力になっていることは確かです。でもねえ、ちょっと思い込みがすぎるんじゃありませんか、と生命の歴史と生態系の関係にハマっている私は引いてしまうのでした。

 ネズミの寿命は2年ていどです。その間にネズミ算式に子供を産み、いまや世界中を席巻しています。このネズミの寿命をのばしたって、カピバラのような巨大なネズミになるだけです。郷久先生みたいに、長生きした方が幸せじゃないか、と言う人もいるかも知れませんが、ネズミはただ食って子供を増やす以外には興味はなさそうです。2年間で何十匹も産むということは、環境の変化に対して適応できる能力を持った子孫が作れるということです。だから小型のネズミに絶滅危惧種はいません。というか、さらにはネズミは雑食性なので、絶滅危惧の動物を食べて本当に絶滅へ導きかねないので、絶滅危惧種を保護する生態学者にとってはまさに天敵です。

 私個人の意見として、生命の歴史をかんがみるに、どうあがいても滅ぶものは滅ぶし栄えるものは栄えます。その種がどうのこうのというワケではなく、環境全体がその種にとって生きづらくなればそれで終わりです。絶滅危惧のトキを中国産のトキを利用してふんばっても、自然環境がトキにとって居心地が悪ければ、いずれトキは滅びます。

 「絶滅危惧種に労力を払うのはムダです」

 生物学に精通している患者さんに言ったら、

 「絶滅にもっていったのは人間ですよ!」

 と目をむかれました。要するに責任を取れということなのですね。

 確かに人類は様々な生物を絶滅させました。その数たるや枚挙にいとまはなく、現在、恐竜たちの絶滅となった大絶滅5に続く大絶滅6が進行しているとまで言われています。大絶滅は6000万年から1億年のスパンで起きているので、そろそろ来ても不思議はありません。大絶滅5は大隕石の衝突が原因とされていますが、それ以前の大絶滅の原因はよく分かっていません。大陸のプレートの急激な衝突による火山活動で、大気や気候が大変動したという説が有力です。こうなると人類の影響なんて誤差の範囲かもしれません。