昨年、『ダーウィンが来た!』と『ワイルドライフ』で、オオカマキリが日本海の孤島で渡り鳥を捕獲する映像が紹介されました。ユーチューブでは、カマキリが小さなハチドリを捕獲する姿を見ることができますが、日本での狩りの相手は、小鳥とはいえハチドリの何倍もある代物なので、この映像を見た専門家は衝撃を受けたようでした。
この狩りはカマキリが好きこのんでやったことではありません。初冬、カマキリは次世代のために栄養を蓄えなければならないのに、獲物となる虫たちは影をひそめてしまいました。そこでやむにやまれず、渡り鳥に手をのばしたのでした。 オオカマキリは草むらにジッと止まって、獲物が来るのを待っています。そこへ小鳥が近づきます。カマキリはジッとしているので小鳥は気づきません。そこにカマキリは瞬時にカマをのばして小鳥の首を引っかけます。カマにはトゲトゲがついているので、いったん引っかかったら容易にはずれません。体重、力とも小鳥の方が大きいので、バタバタする鳥とともにカマキリは地面に落下。それでもカマははずれず、小鳥はカマキリの餌となりはてました。
これはたまたま小鳥が反射的にカマキリの獲物になっただけで、カマキリの知性はそれほど感じません。それよりスゴイのは、ハラビロカマキリがセミを捕らえるシーンでした。ハラビロカマキリが、木の上の方で、セミがジワジワと近づいてくるのを待っています。ただ待っているのではなく、風が木の葉を揺らすリズムに合わせてユラリユラリと体を前後させ、セミが気づかないようにします。カマキリのお尻には風を探知するセンサーがあるため、こんな芸当ができるのです。セミが捕獲圏内に入った瞬間、ハラビロカマキリのカマがのびてセミを捕らえました。
この映像を見ると、カマキリにはかなり高度な知能があると感じざるを得ません。ではどのように学習するのでしょう? 哺乳類では、ミーアキャットが子供にサソリの狩りの方法を伝授することが観察され、その論文が学会誌に掲載されています。カマキリは卵から孵った瞬間から生涯孤独の身です。親から狩りの方法を教えられるはずはありません。カマキリは1回に数百個の卵を産みます。そのなかで成虫になるのは数匹しかいません。その数匹のなかに親の知恵を受けついだ個体がいるのではないかと考えられます。受けつがない個体は生まれてから早々に、狩りに失敗したり、他の動物に食べられたりして姿を消します。小学生の頃、私は東京の郊外に住んでいて、カマキリやその泡のような卵を見たことがあります。どうしてこんなにたくさんの卵が必要なんだろう、と不思議に思いましたが、その回答が半世紀以上もたって解決したのでした。
そのハラビロカマキリですが、これはハリガネムシという寄生虫が宿ることでも知られています。ハリガネムシは水生の針金のように細長い虫です。水の中で生まれた微小の幼生は、いったんゲンゴロウやユスリカの幼虫に取り入られます。ゲンゴロウやユスリカの幼虫が成虫となり、陸上生活を送るようになるとハリガネムシの幼虫はカマキリにすみかをかえます。そこで成虫になったハリガネムシはカマキリの脳をコントロールして、本来、水嫌いのカマキリを水に引きよせ水中自殺をさせて、そこで産卵して子孫を増やします。
カマキリはエライ!と感心しましたが、こんな恐ろしい天敵がいるのです。ハリガネムシも別に考えたすえの行動ではなく、自然のなりゆきでこうなったのでしょう。生態系の成り立ちもさることながら、その成り立ちを根気よく研究した科学者も大したものです。