昔、リタリンという覚醒剤的な薬物を処方したところ、患者さんはまたたく間にこの薬の依存症になってしまい、このままではヤバイと、保健所の「心のセンター」にカルテ持参で相談に行ったことがありました。センターの先生は、親切に話を訊いてくれて、ポツリと言いました。
「依存症の治療は難しく、ほとんどの精神科医は嫌がりますが、旭山病院の芦澤先生は例外で嫌がりません」
旭山病院は患者さんの家から遠いので、お願いした病院は別の精神科となりましたが、芦澤先生のことは、一時、札幌医大の産婦人科に在籍したこともあり、顔見知りでした。
芦澤 健先生は、現在、資生会千歳病院の院長です。やはりアルコール依存も含めた薬物依存症の患者さんを精力的に診療されています。
ふつう、アルコール依存症の患者さんに対しては、ああしてはイケナイ、こうしてはイケナイ、約束ですよ、といった契約を取り交わすような診療を思い浮かべますが、芦澤先生は真逆な治療方針でのぞんでいます。それが「ぬるくて、ゆるくて、あまい」です。本当か冗談か分かりませんが、Nurui, Yurui, Amai の頭文字をとってNYA 、すなわち、ニャアと自称しています。以下、『北海道医報』に芦澤先生が投稿した記事の抜粋です。
〈依存症治療の第一歩は、正直にクスリを使用したことを話すことから始まります。止めるのはその先です。多くは「使っていません」のウソをつくトレーニングを社会的に受けているので、正直であることは簡単ではありません。
しかし、ウソをつき続けるのも本人にとっては結構なストレスです。「ぬるくて、ゆるくて、あまい」治療方針から、検尿はしない方針を伝え、正直に話してもらっています。正直に話せるようになると薬物依存症の自助グループNA(ナルコティクス・アノニマス)に定着するようになります。こちらも威嚇や暴力があると怖くて診られないので、威嚇や暴力はしない約束をしています。カルテには約束したことを記載しますが、相手を信用するので文書の取り交わしをしません。
医療スタッフが困ることは殆どありません。経験上、管理すればするほど、管理できない問題が顕著化し、さらにさらに管理しなければならない悪循環となり、状況が動かなくなります。本来の治療ではなく管理することが目的となる問題の変質が起こり得ると考えています。この考えが、医療現場のスタッフにも浸透し、問題意識を共有し、「ぬるくて、ゆるくて、あまい」病院づくりに結実しました。〉
ここまで書いていると芦澤先生は、精神科医界のカリスマ、神田橋修治先生みたいにホンワカした雰囲気ではないかと思われるでしょう。しかし、実物は、眼光鋭く、アマイことは言いません。
大麻を常習していた元夫が反省して緩解したようなので、また夫と一緒にやり直してみたいと思うがどんなもんだろうかと、ある患者さんから相談されたことがありました。
その場で(本人のいる目の前で)芦澤先生に電話したところ、そくざにキッパリと返事されました。
「難しいです、あきらめるべきです」 もう、10年も前のことですが、芦澤先生は本物だ!と思ったことでした。