院長ブログ カーブ

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第549回 忙酔敬語 文字の力

 地球上の人類の繁栄は現在真っ盛りですが、これは文明の積み重ねによるものです。一人ひとりの知恵や記憶などはたかが知れています。文字による記録が必須です。

 わが国最古の史書である『古事記』は、稗田阿礼(ひえだのあれ)が先祖代々伝え覚えてきた神話・記紀を太安万侶(おおのやすまろ)が筆記したものとされています。中学生だった私は、年老いた稗田阿礼が目をつぶって話しているのを、若い太安万侶が必死に書き留めている絵を鮮明に覚えています。

 「こんな爺さんの記憶なんて当てになるのかな」と疑ってしまいました。はたして神話は突っ込みどころ満載のヒッチャカメッチャカで楽しかったし、神様の血を引く初期の天皇は神武天皇はじめ百歳ごえが続出で、まさに神代の時代でした。しかも文字は日本語を表すのには不便な漢字を利用するしかありませんでした。昨年、亡くなった中国文学者の高島俊男先生は、もし日本の隣国が中国ではなく英国のようにアルファベットを使う国だったら、今の日本語はかなり違ったものになっていたはずだと言っていました。

 当時の世界は、東側は中国の漢字が文化の担い手でした。西側はローマ時代はアルファベットで書かれたラテン語・ギリシャ語が公用語でしたが、西ローマ帝国が滅びたヨーロッパはゲルマン民族などの蛮族に支配されていたので、アルファベット文化は東ローマ帝国に限局され、その後、イスラムが中東に台頭してきたため、文化の担い手にアラビア文字も参入しました。アラビア文字はほとんどの日本人には馴染みがありませんが、BS海外ニュースを見るとテロップにミミズの這ったような字が流れているのを見かけるはずです。アラビア文字はチンプンカンでもアラビア数字は経済・理系の世界共通文字です。

 中世ヨーロッパは鎌倉時代初期の東国をイメージするとよいでしょう。坂東武者は武力に秀でていましたが、ろくに字も読めず、京都のお公家さんからはバカにされていました。京都出身の井上章一先生はニンマリと笑って言いました。「鎌倉は怖いとこやねえ。鎌倉政権は広域暴力団関東源組で、北条政子は極道の妻」うまいことを言うものです。

 ギリシャ・ローマ文化はイスラム世界で温存され、ルネッサンスになってヨーロッパでアルファベット文化は返り咲きました。ここで特記すべきことは、音楽も楽譜によって記録することが可能となり、17世紀には現在の五線譜による形式が完成したことです。こうなるとクラシック音楽は一気に花さきました。江戸時代の初期に生まれたバッハは音楽の父と呼ばれ、モーツァルト、ベートーベン、ショパンなどと多様化しました。その間、日本では義太夫がその表現形式を人形浄瑠璃から歌舞伎に優位をゆずっただけでした。

 文字を持たない民族は哀れで、「ウポポイ」で盛り上げようにもアイヌ語を話せる人が数えるほどで絶滅危惧です。アメリカ先住民もアフリカ人も欧米の支配で、自分の名前さえ先祖代々の名が使えない人が出てきました。昔、フランス語圏アフリカの助産師さん達が見学に来ましたが、マリアンという人がいたりしてちょっと複雑な思いをしました。

 実を言うとかく申す私も、文字を持たない人間になり果てようとしています。筆力が落ちてカルテの文字が判読不能になるケースが増えてきたのです。恥ずかしながら自分でも何を書いているのか分からないことが多々あります。電子カルテを使えばよいのですが、回りのスタッフは、はなっから私のことをローテクあつかいして、電子化はいっこうに進んでいません。こうなると滅びるしかないのでしょうかねえ・・・・。