院長ブログ カーブ

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第546回 忙酔敬語 漢方の教科書を書く

 2年前の春、突然、郷久理事長に言われました。

 「佐野先生、心身症の教科書を書こうよ。心身症の方は僕が書くから先生は東洋医学について書いて」

 またかよ、と思いました。郷久先生は企画の名人ですが、たいていは頓挫しています。週に2回のスタッフに向けてのワンポイントレッスン、健康教室での各自の講演は小論文にする(いづれまとめて本にして出版)、院内での月1回の勉強会(発表者はレポート1枚にまとめる)、エトセトラ、エトセトラ・・・・・。一方、私は長続きするたちで、バカバカしい内容もありますが、月曜日と金曜日に目についた記事をコピーして病棟スタッフと外来スタッフに配布しています。休日はさすがに休みですが、シブトク続いて今日で1474回目になりました。健康教室ではあらかじめ7、8ページほどのパンフレットを作成して参加した方々に進呈したので、私の分だけでも120ページくらいの本ができそうになりました。ある時期からパワーポイントの時代となり、パンフレットの作成はなくなりました。当の郷久先生は初回に、新聞記事などを切り貼りしてコピーしただけで、その後は落語の名人のように参加者の反応を見ながらの語りですませました。その最たるものは、ソチ冬季五輪で羽生結弦選手の決勝のときでした。時間帯は健康教室とかぶり、さすがにお客さんは少なかろうと思いきや常連さんが集まりました。郷久先生は大型のテレビを会議場に運び入れて実況中継となりました。羽生選手は金メダルを取り、会場は史上最大に盛り上がりました。「汚い手を使うな」と呆れましたが、これほど受けるのなら結果オーライです。郷久先生は「佐野先生の分だけでも本にしようよ」と言ってくれますが、20年も前に書いたものなど価値は半減以下です。

 さて、その頃、私は気分が高揚していて、即座に執筆にかかりました。たとえ郷久先生が頓挫しても自分の分だけで、学生や一般の人でも理解できる本を書くつもりでした。難解な専門用語はできるだけ使わない、漢方のイロハと言われる「実証・虚証」も一切使わない。ただそれぞれの漢方薬の構成生薬についてなぜ、その生薬が必要なのかを解説しました。このブログでもお気づきかと思いますが、あまり堅苦しいのは性分ではないので、コラムを多数用意して与太話を盛りだくさんにしました。200ページが目標でした。

 書き上げたら出版社はどこにするか? 私はこれまで1人で本を書き上げたことはありません。そこで思い出したのが医学雑誌『心身医学』三和書店の編集員Mさんでした。何年も前、『心身医学』の巻頭言を書いたところ、「先生のブログのファンなので嬉しいです」とメールしてくださったので舞い上がりました。Mさんは編集会議に提出してくださいましたが、あえなくボツとなりました。あまりにもユルイので学術書として扱われなかったようです。Mさんにはご迷惑をおかけしました。私の方も構成生薬が17味もある防風通聖散を目の前にしてゲンナリしていたので、しばらくたち切れとなりました。

 あれから2年、共同執筆者の1人である緩和ケア担当の名誉教授から「あの本はまだ出さないのか?」と言う電話が来て、郷久先生にまた火がつきました。火は飛び火して私にも降りかかりました。私の部分も一緒に掲載してもらえることになったので最後まで書き上げましたが、与太話は思いっきり削られ50ページにまとまりました。いずれ皆さんの目にとまるようになればと願っています。