院長ブログ カーブ

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第541回 忙酔敬語 子守歌はスケルツォ

 幼少のみぎり、寝小便に関して父に理不尽な対応をされたのがトラウマとなり、不眠症の人生をたどることになりました。

 睡眠薬以外の方法として、マインドフルネスという、チクタク鳴る時計の音など耳に入ってくる音を「うるさいなあ」とネガティブに受けとめるのではなく、野生動物のようにあるがままに受け入れるという心理療法を利用したところ、意外にスンナリと眠れることができました。眠れないときは色々なことをアレコレ考えているのでこんな方法が効くのです。患者さんにも積極的にすすめたこともありましたが、どうせ耳に入るんだったら本来のマインドフルネスとは違いますが、お気に入りの音楽を採用してみてはと考えました。

 眠れない夜をスマホの画面を見ながら過ごすのは最悪です。視覚への刺激でますます睡眠から遠ざかります。スマホは耳元に置いてお気に入りの音楽を流します。はじめはショパンのノクターンを聞いていましたが、ゆるいメロディーはしだいに飽きて、また別なことを考え出しました。そこに登場したのが内田光子さんのモーツァルトのソナタでした。歯切れ良いピアノの音色は心地良く、これでしばらくやり過ごしていました。しかし、これにも飽きてしまい、また止めどもなく様々なことが脳をよぎるようになりました。

 ゆるい曲ではダメだと悟り、今度はショパンのスケルツォを聴いてみました。スケルツォはバラードと同じく4曲あり、両者とも難曲で専門家筋には高く評価されています。

 バラードは、もともとは文学のジャンルで、ロマンティックな物語詩です。そう言われると確かに綿々たる物語が奏でられているような気がします。ただしちょっとしつこい。有名な1番なぞは、もう終わりかなあ、と思って聴いていてもなかなか終わらず、引っぱるにいいだけ引っぱるので、最後には好い加減にしろ!と腹が立ってきました。腹が立ったら眠るどころではありません。

 その点、スケルツォはメリハリがあってよろしい。スケルツォは元来「冗談」を意味するイタリア語だそうです。暗い陰鬱な部分が着目されて、「冗談ではすまされない人生の苦悩の根源を表現している」と買いかぶられていますが、私は「冗談」説に賛成です。

 映画『アマデウス』ではモーツァルトの天才ぶりと軽薄ぶりがみごとに表現されています。何でもかんでも感じたことはすべて即興で音楽として奏でる姿が印象的でした。

 モーツァルトのピアノソナタを聴いていると、初期の健康な精神状態から晩年のイッチャッタぶりへの変遷が伝わります。最晩年になると、端正なメロディーは崩れ不協和音まで出てきて、現代音楽みたいになります。さすが神の子です。

 ショパンもモーツァルトと同様に心の闇も冗談も思いもままに表現しました。スケルツォは2番が人気ナンバーワンで、4番が難易度が高く専門家も第一と太鼓判を押していますが、私は1番が好きです。出だしはフォルティッシモで暗くて目まぐるしいテンポの旋律が続きます。どうなってしまうんだろうと思っていると、急にユッタリとした優しいピアニッシモに変わります。このピアニッシモの部分のあつかいは、日本で人気をはくしたブーニンももてあましたようで、困った感あふれる演奏をしていました。その点、二十世紀最大のピアニストであるルービンシュタインおじさんは、実にシミジミと歌い上げます。あまり心地良いので、私は第3番あたりで寝入ってしまい、最高と言われる第4番をじっくり聴いたことはほとんどありません。眠れない皆さんも試してはいかがでしょうか。