外来の超音波検査装置を1台新しくしました。経腟用のプローベはさらに細く小指1本程度で、患者さんの苦痛はかなり軽減されそうです。男性経験のない女性や、これでも痛いと言う女性はプローベを肛門から挿入して診察することもできます。微妙な感じですが痛くはありません。それでも若年で内診台での診察に抵抗がある患者さんには、お腹に経腹用のプローベを当てて診察します。
恥ずかしながら私は超音波装置のない時代を経験しています。子宮筋腫や卵巣のう腫は内診で大きさを確認して手術するかどうかを決めていました。他科の医師からは産婦人科医の手には目があると言われました。昔の呼吸器内科の教授に、打診で右肺の深さ10㎝の所に直径5㎝ほどの空洞がある、と診断した名医がいました。胸部外科による手術でその空洞が確認され、あらためて教授の神業は伝説となりました。産婦人科医は自分で診断して自分で手術していたので、神かどうかは自分で分かりました。神でないので卵巣のう腫と診断したのに開腹したら何もなかったという話も珍しくはありませんでした。
超音波検査の精度は装置の改良とともに進歩しました。初期の装置は経腹用だけで、かろうじて胎児心拍が早期に確認できるという代物で、大きなお腹の妊婦さんを診ても、赤ちゃんが大きいのか双子なのかも判別できないことがありました。
当時から超音波学会が設立されましたが、この学会ほど器機メーカーがかかわっている学会はありません。各診療科で超音波を専門とする医師が現れましたが、それぞれの分野での解剖学に精通しているのが前提です。映像が精密になるほどくわしく判断しなければなりません。産科領域でも超音波の専門家にかかると胎児の頭から足まで隅々まで観察するので早くても30分はかかります。講習会に参加した私はゲンナリして何かよく分からない症例があったら早々に高次施設に紹介しようと思ったことでした。
胎児の超音波検査基準として超音波学会方式が一般的ですが、東京大学方式や大阪大学方式もあります。我々の使っていた装置では経腹はもっぱら阪大方式で、初期に予定日を決める経腟超音波では東大方式と阪大方式が使えます。私は妊娠8~10週までは東大方式、それ以上は阪大方式で予定日を出していました。この方が妥当性があると判断したからですが、これからは超音波学会方式をもっぱらとします。どの方式を採用してもせいぜい2、3日の誤差しかありません。分娩予定日を妊娠40週0日とした根拠を誰に訊いてもはっきりした返事がないので、まっ、良いかです。
ある程度大きくなったお腹の赤ちゃんは、頭の幅、胴の太さ、大腿骨の長さを測定してインプットして推定体重を出します。この原則は超音波学会、東大、阪大とも同じです。 私は四半世紀も前、超音波装置が進歩すればMRIみたいに赤ちゃんの全身像を立体的に把握できるようになり、寸分たがわない体重測定ができるのでないかと期待しましたが、いまだに実現していません。これは単に私が超音波の限界を理解していなかったためで、メーカーの問題ではありません。
超音波装置がない時代を経験している私はいまだに妊婦健診のとき、無意識に妊婦さんのお腹を触診して赤ちゃんの位置を確認しています。そのため使用するゼリーは若い医師の半分以下ですみます。新しい装置に向かうと無数にある調節用のボタンにたじろぎますが、これだけは自慢できます。最後はショボイ話になってしまいました。