院長ブログ カーブ

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第538回 忙酔敬語 『喝采』の秘話

 昨年に放映されたサンド&芦田愛菜さんMC「博士ちゃん」の昭和歌謡曲特集は面白かった。博士ちゃんたちがまだ生まれるズーッと前の、お祖父ちゃんやお祖母ちゃん時代の歌謡曲を深く分析するという企画でした。ガキどもの深読みを一見こわもてのサンドたちがやさしく見守っていました。ふつうなら「生意気な!」と言いたくなるような解説をサンドさんたちはニコニコしながらフォローしていました。よほど自分たちの芸に自信があるんだなと別な意味で深読みしました。

 博士ちゃんの一人が、ちあきなおみ『喝采』について、歌い方のコブシの巧みさを解説しました。画面下に流れる歌詞のテロップを見て私は「あれっ?」と思いました。

 「これって恋の歌ではなく、バカな男をすてたコワイ女のサクセスストーリーだ!」

 男の名前は新一とします。しばしば新一から「なおみ、会いたいよう」と連絡が来ますが、ほとんど無視していました。

 ある日、恋の歌をうたっていたわたしに新一の訃報が届きました。

 あれは三年前、止める新一の手を振りきって動き始めた汽車にひとり飛び乗ったっけ。その後、新一からはいろいろ連絡が来たけど、自分はトップ歌手を目指して必死でした。「新ちゃん、うざい!」と思う日々でしたが、これでとうとう自由になったのです。

 わたしは喪服を新調して三年ぶりに帰ります。ひなびた町の昼下がり、教会の前にたたずみました。ここは教会でなければなりません。お寺ならダメです、絵になりません。祈る言葉さえ失くしていたところ、新一のお母さんにバッタリ会いました。

 「なおみちゃん、来てくれたのね! ありがとう、新一はずっとあなたが来るのを待っていたのよ。最近、なおみちゃんの歌がラジオの有線で聴けるようになって、もうすぐ会えるんだって喜んでいた矢先、交通事故で・・・」(涙)

 「おばさん、新ちゃんが死んだなんて信じられない・・・」(涙)

 

 つたがからまる白い壁

 細いかげが長く落として

 ひとりのわたしは こぼす涙さえ忘れてた

 暗い待合室 話すひともないわたしの

 耳に私のうたが 通りすぎてゆく

 いつものように幕が開く

 降りそそぐライトのその中

 それでもわたしは 今日も恋の歌 歌ってる

 

 この『喝采』が初めて歌われたのは1972年(昭和47年)です。

 それから50年、当のおなみさんは一切の芸能活動に終止符をうっています。それでも『喝采』は人々の記憶から消えることはありません。私は新一のことをバカ呼ばわりしましたが、どんなに著明な人でも50年もたてば忘れ去られるものです。その点、新ちゃんは『喝采』の中で半永久的に生き続け、博士ちゃんにも注目されています。コワイ女でしたが新ちゃんの目のつけどころは確かだったとあらためて見直したことでした。