佐野理事長ブログ カーブ

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第536回 忙酔敬語 焼肉は恋といっしょ

 朝日新聞『折々のことば』の選者は哲学者・鷲田清一先生です。古今東西の哲学・文学から電車で隣り合わせた人の言葉まで、先生が「あれっ」て思う言葉を選んでいます。しかしながら浅学の私には8割以上は難しくてチンプンカンプンです。でも2月下旬の言葉は面白かった。

  焼肉は思い切りとタイミング。恋といっしょですよ、恋と。(小寺慶子)

 

 「そうか、小寺さんにとって恋は焼肉なみのイベントなんだ」といたく感服いたしました。恋多き当院近辺の妊産婦さんや患者さんを思い浮かべると、この言葉は大いに参考になります。

 しかし、つぎの解説文を読んでゲンナリしました。

 「常人の恋はなかなかそうもいかず、ぐずぐず迷い、考え得るすべてのシチュエーションを想像し、寝つけもしない・・・・ウンヌンカンヌン・・・・」

 鷲田先生がそんなことを言うはずがないし、変だなあと思って調べてみたら、これは担当記者のつぶやきで、朝日新聞社や鷲田先生の見解ではないそうです。それにしてもテンションを下げるコメントだなあ、選者の鷲田先生に対しても失礼じゃないの? と声に出したら裏返りそうになりました。その後、ちょっと頭を冷やして考えなおすと、このつぶやきでバランスがとれているんだと気づきました。

 人間以外の生物を考えてみるに、食餌と生殖は同じレベルの問題です。食餌=焼肉、生殖=恋というふうに考えると、恋で悩むなんてバカみたいです。

 行動生態学者・長谷川眞理子先生によると、オシドリ夫婦と言われるほど夫婦のきずなの強いオシドリでも、子どもの遺伝子を調べると、不倫した証拠が確認されるそうです。要するにパートナー以外の遺伝子がまぎれ込んでいるということです。でもさすがにそれほど多くはありません。ヒトよりもきずなは明らかにしっかりしています。別にオシドリが人間以上に恋に入れ込んでいるワケではなく、その方が子育てに適しているだけです。

 一人のパートナーに入れ込むのはストーカーみたいなものです。長寿番組『新婚さん、いらっしゃい!』では熱々のカップルが登場しますが、その熱々ぶりにストーカーのなれの果てという印象を受けます。つまみ食いでもしたら大変なことになりそうです。

 エッセイストの桐島洋子さんには3人の娘さんがいますが、私の記憶によれば3人ともパートナーは違うようでした。長女を妊娠したときは大柄な体にものを言わせ、お産直前まで妊娠を隠しとおして仕事に打ち込んでいました。数々あるエッセイのなかで、さすがと思ったのは『聡明な女は料理がうまい』です。ふつう3人の父親違いの子供を持つ女性は「しょうがないなあ」的なあつかいを受けますが、バリバリ仕事をしてエッセイを書きまくり、さらに自分のことを「聡明な女」と言い切っています。何たる自信、何たるバイタリティーなんでしょう! パートナーはすべて日本人ではありません。はなっから日本の男は相手にしていないようです。桐島さんみたいな女性なら「恋は焼肉といっしょ」と言っても説得力がありますね。

 ではお前はどうなんだ?と問われれば、「そんな食欲はありません」とお答えします。