院長ブログ カーブ

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第531回 忙酔敬語 あがり症

 60歳代なかごろの患者さんが不安そうな面持ちで相談されました。

 「読み聞かせの会が久しぶりに開催することになったのですが今から緊張しています。うまく話せるかどうか自信がありません。どうしたらいいでしょうか?」

 患者さんはボランティアで10人くらいの幼稚園児を相手に本の読み聞かせを定期的にしていました。ところがコロナのため1年以上も中止になってしまいました。読み聞かせはご自身にとって生きがいでもありました。真面目で完璧主義のため自分を追い込んでしまわれたようです。

 「エライ!」

 まずは褒め称えました。一流のエンターテイナーは緊張感がだれることはありません。 むかし、フランスのシャンソン歌手イヴ・モンタンのドキュメンタリー番組を見たことがあります。押しも押されぬ大スターが、講演直前に精神的に追い込まれて肩をすくめたり腕を上げたりして舞台の上をウロウロと歩き回ります。ところが「イヴ・モンターン!」というアナウンスとともにカーテンが上がると晴々とした表情になり、高いテンションでショーを始めました。

 ユルイ内容で一世をふうびしたラジオ番組『小沢昭一の小沢昭一的こころ』。小沢さんはエッセイの名手でもありました。その文庫本の扉に著者近影なる写真がありました。講演直前のスナップで、壁にもたれかかって額に手をやってジッと目をつぶっていました。とてもユルイ話をするとは考えられない雰囲気でした。飄飄としたお話しでもこんなに気合いを入れているんだ、あらためて芸に対する思い入れの深さに感服いたしました。

 もう一つ気合いの入った話。昨年他界された人間国宝の桂小三治師匠。偏屈と言われていて、人間国宝にされても嬉しくも何ともない風でしたが、本当に何とも思っていなかったみたいです。それよりも今やる落語に集中していました。80歳のときのコロナ禍での久しぶりの講座。「オレ、大丈夫かな?」と本気で心配しているようでした。過去の栄光にとらわれない一期一会の芸でした。こう書くと何だかコワイようですが、小三治師匠の話はホンワカと親しみやすく、マクラだけで終わってしまったこともあったそうです。

 「こんな超一流の人たちでも緊張するんですよ。また、緊張しなければだれてしまって良いお話しはできません。落語のマクラみたいにお話しをする前に、おばちゃん、緊張して間違えたらどうしようってドキドキしているんです、間違えても笑わないでね、まあ、笑ってもいいけど、てな具合に正直に話してしまえばいいんです。後ろで聞いているお母さん方も一生懸命やってくださってるんだな、と好感を持ってくれますよ。別にとちったからといって殺されるわけでもないし、誰も気にしません」

 患者さんは安心したのか少し微笑んでくれました。

 実を言うとかく申すも私もあがり症で、50歳を過ぎても院内の母親教室でお母さん方相手に緊張してソワソワしました。若いスタッフがニコニコしながらプレゼンしているのを見て、最近の若者はたいしたもんだな、と大いに感心したものでした。医師になって初めての学会発表当日、午前の回診で入院患者さんに「先生、どうしたの?いつもと違って変だよ」と気づかれるほどでした。いつも変なのでしたが特別に変だったようです。

 こうしたあがり症は場数を重ねることで解消されます。今ではコワイものなしです。