院長ブログ カーブ

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第525回 忙酔敬語 イケイケの時代

 産科外来の机の引き出しに20年前の写真が入っていました。お産をして2日目くらいのヨレヨレのヤンママとのツーショット。まだ40歳代の私の髪は黒くてフサフサ、今よりも体重は2、3キロ多かったはずですがカラダは引き締まり背筋もピンとしていました。久しぶりに受診した患者さんは「先生、昔と変わりませんね」と言いますが、コロナのためマスクをしているので老けたのが分からないのでしょう。あるいは変わりばえのしないユルイ話しぶりもあるかな。もちろんズバリ「爺さんになったね」と言う方もいます。

 当時は患者さんへの説明を「説明と同意(informed consent)」と言っていました。最近では知らない間に略語が横行し、ICとなっています。母が入院しているとき、主治医の先生の説明をお願いしたところ、看護師さんが「ICですね」と言うので、当院のスタッフに「ICって何のことだい?」と訊いたら、あきれたように「インフォームド・コンセントのことですよ」と言われました。次世代の晴朗院長と水柿先生の間では当たり前のように「ICしといたよ」とか「ICはどうした?」など交わされているのを聞き、取り残された感が漂うのであります。

 20年前の私たちは開業して6年目。地域に根を下ろし、スタッフにも恵まれてまさにイケイケでした。産科医が恐れる前置胎盤の妊婦さんでも、腹痛や出血がなければ自己血を用意して帝王切開の前日まで家で過ごしてもらいました。逆子のお産は現在は他院と同様に帝王切開していますが、経腟で行けそうと判断したら果敢に挑戦していました。

 北大病院産科学教授の水上先生は、教授就任時、それまで逆子のお産を経腟で50回経験していましたが、「もし、着陸するとき100回に1回は失敗する飛行機に乗りますか?」と説明して帝王切開にすると講演されました。私は鼻で笑いました。「ふーん、オレ達は1人あたり何百回もやってきたけどが一度だって墜落なんかしなかったぞ」

 中学2年生の子が腹痛のため受診。卵巣のう腫でした。手術が必要だと説明したところ、ご両親は私の前任地(北見赤十字病院)での評判を調べたらしく、手術は私でお願いします、ということになりました。北見日赤では形成外科の先生と仲良しになり、繊細な創部の縫合を教えてもらいました。3㎝ほどの横切開でグレープフルーツ大の病巣を取り除きました。現在は腹腔鏡が主流ですが、3つほどの穴をあけます。その点、私の手術は小さな1箇所で腹腔鏡に負けないくらいのキレイな傷跡ですみました。その後、彼女は結婚して4人の子供を産みました。癒着もなく完璧でした。 

 子育ての大家、南部春生先生は天使病院退職後の10年間、当院で診療したり本を書かれたりしていました。そして摂食障害など外来治療では対応が難しい患者さんは入院させました。ただし、南部先生は月、水、金の日中勤務なので、その他の日や夜間に問題が生じればイケイケの私が対応しました。おかげでいろいろな意味で勉強になりました。

 中学生の患者さんが私に相談を求めたとき、思わず「本当にオレでいいのか?」とつぶやきました。そこにいたふだんは口数も少なくおとなしい助産師Yさんがキッパリ言いました。「患者さんが希望しているんですから先生が診るべきです」

 あれから20年、経験を積むにつけより慎重になり冒険はやめました。目は遠くなり手術の細かい操作もつらくなりました。代わって晴朗院長と水柿先生が腹腔鏡の手術をしています。麻酔科の豊山先生もいます。ある意味で第2次イケイケの時代となったのです。