院長ブログ カーブ

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第514回 忙酔敬語 天井天下唯我独尊

 3回目のお産をむかえている妊婦さんについてスタッフから相談されました。前回のお産は経過が早く、とくに2回目は病院に着いて5分もしないでお産になりました。現在、妊娠36週、もういつ産まれても赤ちゃんは大丈夫。計画分娩にしてみてはという案が出たので内診してみましたが、赤ちゃんの頭は高くいつ産まれるのか見当がつきません。

 「別に無理しなくても最悪自宅分娩でもいいんじゃないの」

 「そんな無責任な・・・」

 「天井天下唯我独尊」

 「何言ってるんですか?」

 「お釈迦さまが生まれたときに言った言葉」

 「・・・・・・・?」

 お釈迦さまは超安産で生まれました。お母さまがきれいな花が咲いている樹に右手を伸ばしたとたん、その脇の下から生まれました。生まれたばかりのお釈迦さまは7歩スタスタ歩いて右腕を天にあげて言いました。

 「天井天下唯我独尊」

 直訳すると「この宇宙で唯一自分だけが尊い」。ずいぶんオレ様な物言いになりますが、鹿児島県志布志市立志布志中学校では「私たちが人間として生まれたときしか果たすことのできない、たった一つの目的がある。その目的を果たすまで自殺などしないで生き抜きなさい」と教えています。どう解釈すればこのような結論に導けるのでしょうかねえ。

 『ジャータカ物語』にはお釈迦さまの前世と輪廻について書かれています。お釈迦さまは飢えた親子の虎のために我が身をささげたりしました。命あるのもは全て尊いのです。さらにわが国では山や巨岩石も八百万の神のひとつとして信仰の対象になっています。

 自分でも何を書いているのか分からなくなりました。そう、計画分娩についてでした。

 生ませたい時期にお産をさせるのが産科医のウデだと信じられていた時代がありました。妊娠38週まで育てばもう十分、それ以降は胎盤の働きが落ちて羊水が濁ったりでロクなことはない、このあたりで生ませてしまおう、と本気で考えられていました。東京のある病院で妊娠38週で誘発分娩した成果が周産期医学という雑誌に掲載されました。確かに赤ちゃんは無事でしたが帝王切開率が20%。お産に厳しいK先輩が憤慨しました。

 「人間に対してやることではありません!」

 今ではこんなことをする施設は少なくなりましたが、さすがに予定日を過ぎると同じような考えから(当院も含めて)計画分娩をするのが普通です。そのお産の経過で赤ちゃんが苦しくなれば帝王切開となります。「やっぱり、予定日を過ぎるとアブナイですね」と言うスタッフもいますが、不自然な誘発そのものに問題がある可能性もあります。

 「破水したからといって、どうして産科の先生は急いで誘発するのだろう、赤ちゃんにだって生まれたい時期があるだろうに」と小児科の笹島先生がつぶやいたことがありました。いずれ赤ちゃんは子宮の外に出ます。破水は外へのつながりの過程の一つです。それが早くなっただけで確かにあわてることはありません。いずれ自然に陣痛が始まります。

 しかし、自然がすべて良いわけではないのは、昔の新生児死亡率や母胎死亡率を見れば明らかです。医療介入をすべきタイミングを見きわめるのが産科医の本当のウデです。