佐野理事長ブログ カーブ

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第513回 忙酔敬語 抑肝散加陳皮半夏

 ヨクカンサンカチンピハンゲと読みます。精神状態が不安定な患者さんが対象です。ヨクカンサンカチンピハンゲというリズムが滑稽に聞こえたのか、めったに笑顔を見せることのなかった若い患者さんが、この薬の説明をしたときプッと吹き出しました。

 抑肝散は、虚弱な体質でイライラと怒りっぽい患者さんや幼児の夜泣きの薬として知られています。抑肝散加陳皮半夏は、さらに胃の調子が悪く吐き気を訴える人のために、抑肝散に陳皮と半夏の2つの生薬を加えた日本独自で工夫された処方です。症状が落ちつけば治療は終了となるものですが、ふと気づいてみると10年以上も抑肝散加陳皮半夏を処方していた患者さんが3人もいることが判明しました。そのうちの1人は52歳のときから68歳の現在まで、ほとんど途切れることなく飲み続けています。

 漢方薬は長く飲むものだ、と信じ込んでいる人がけっこういますが、何でもないのに漫然と飲むのはおすすめできません。女性薬の代表格に加味逍遥散という方剤がありますが、近年、その構成生薬の山梔子が5年以上も続けて飲んでいると、腸間膜静脈硬化症という病気を引き起こす危険性あり、と警鐘が鳴らされるようになりました。腹痛、下痢、便秘、腹部膨満が主な症状です。内科の先生は2年に1度くらい毎に腹部のCT検査をすれば分かると言いますが、そこまでして続ける必要があるのか疑問を覚えます。症状が治まれば漢方といえどもそれ以上飲むのは百害あって一利なしです。

 こんなことを言っておきながら、患者さんから求められたとはいえ、10年以上に渡ってよくも処方を続けたものだ、と笑われそうなので、どうしてこんな事になったのか抑肝散加陳皮半夏についてとっくり考えてみました。

 抑肝散の構成生薬は、釣藤鈎、柴胡、甘草、茯苓、当帰、川芎、蒼朮です。釣藤鈎と柴胡で頭を冷やして気分を安定させます。甘草と茯苓は虚弱な体質に対応します。この4種類の生薬で心身の主な症状を改善させます。さらに釣藤鈎には頭痛を取る作用もあるので頭痛持ちの女性は喜びます。当帰と川芎はまさに女性のための生薬で、骨盤内のうっ血を解消して慢性的な下腹部の鈍痛に効き、さらに末梢循環をただしてお肌に潤いをもたらします。蒼朮は茯苓とペアで基本的な胃薬となっています。このように精神面だけではなく女性特有の身体的な悩みも改善するので、やみつきになるのが分かりました。

 漢方薬は無駄な構成生薬のないシンプルな方剤がすぐれた切れ味を発揮します。イライラしている患者さんにはまず抑肝散を処方し、問題がなければこのまま処方を続けます。したがって抑肝散だけを5年以上も飲んでいる患者さんがいます。気分は良くなったんですけと吐き気がちょっと、という場合に抑肝散加陳皮半夏を出します。これで良くなればシャープな抑肝散をすすめますが、たいていの患者さんはそんな冒険はしたくないと半夏・陳皮入りを希望するのでズルズルと長期間の処方になってしまったのでした。

 治療の目的は薬を処方しなくてもよい状態にもって行くことです。抑肝散加陳皮半夏を希望する患者さんはストレスの多い生活を送っています。その辺のところをジックリうかがって、自分ファーストで生きてく工夫や食生活の改善をするように指導するのが本来の治療です。練馬総合病院・漢方医学センターの中田英之先生は、2年前の産婦人科漢方研究会でお目にかかったとき「最近、僕は漢方は使ってません。生活指導だけで何とかなるからです」と言ってました。さすが天才、やることが違う!と大いに感銘いたしました。