院長ブログ カーブ

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第508回 忙酔敬語 これって精神的なものですか?

 ときどき患者さんから受ける質問です。どうも心と体は別物だと思っているようです。患者さんだけではありません。医療者も検査で異常を認めなければ精神的な問題と考える傾向があります。そう判断された患者さんは精神科へ紹介されることもあります。確かに持続する疼痛のために心が病んでしまう人もいますが、紹介された精神科の先生は、痛い痛いと言っている患者さんを目の前にして、どう治療すべきか途方にくれるでしょう。

 10年もの間、原因不明の下腹部痛のために精神科で治療されている患者さんが受診しました。市内の複数の婦人科や消化器内科などを受診しても検査では異常が見つからないため精神科へ紹介されました。精神科の先生は頑張りました。いろいろな薬を処方して対応してくれました。それも10年間です! 患者さんもよくぞ辛抱しました。そのあげく当院が産婦人科領域の心療内科を標榜していることを知って受診したのでした。

 診察室に入って来た40歳代の患者さんは、大柄ですが表情は硬く、いかにも心が病んでいる雰囲気でした。俺で大丈夫かな?と不安がよぎりました。精神科で処方されている薬は抗うつ薬が中心で、効いているのは2種類の睡眠薬だけのようでした。この睡眠薬は手放せないとのこと。とにかく痛みを取ることが先決でした。

 痛み止めには炎症を押さえて局所の痛みを取る薬(いわゆる鎮痛剤)、脳の痛みの受容体を静める薬(麻薬など)、局所と脳の間に走っている神経を静める薬の3種類があります。この患者さんは痛い部分がはっきりしないので、局所の痛みを取る薬は百害あって一利なしと判断しました。そこで思いきって癌性疼痛にも使われている薬を使ってみました。

 これは脳に働くため眠気が生じますが痛みはだんだん取れてきました。患者さんの表情もしだいに柔らかくなり絶望感から解放されたようです。3か月後には生活に支障をきたすことはなくなったため、心身症学会の北海道地方会で発表してもいいですか?と訊いたところ快諾されました。しかし、発表の3日前、また痛みがぶり返りました。

 講演時、正直にそのことをつけ加えたところ、特別講演にいらした関西大学心療内科名誉教授の中井吉英先生が「大丈夫、また元気になりますよ」と言ってくださいました。腹痛に関して消化器関係の再検をしてみるつもりだと言ったら、市内の心療内科の先生に「それまでさんざん検査したのだから様子をみてはどうか」とのご助言をいただきました。

 学会の発表はたいてい、うまくいったという自慢話が中心ですが、こうした地方での勉強会では失敗例や困っている症例報告の方が参加者の先生は親身になって聞いてくれます。ふたりの先生に励まされて治療を続けるうちに、患者さんは5㎞のウォーキングをしたり、新聞のエッセイ欄に投稿するようにまでになりました。エッセイを読むと、近所の人たちとの温かい交流が伝わり、心の健康さがうかがい知れたので嬉しくなりました。

 この患者さんに対してはとにかく痛みからの解放をめざしましたが、その結果、精神面での健康も取りもどしたようです。心と体は一緒です。

 最近、慢性疼痛の患者さんにノイロトロピンという薬を使って打率8割の手応えを感じています。これは神経系に作用する薬で、脳に作用する薬のように眠気をもよおすことはありません。またいわゆる鎮痛剤のように胃腸に負担をかけることもありません。昔からある薬でどうしてそれほど使われていないのか不思議です。ただし、使用上の注意として1ヵ月で効果がない場合は中止と書かれています。こんな正直さにも好感が持てます。