院長ブログ カーブ

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第500回 忙酔敬語 ふたりのディスタンス

 心療内科外来に訪れる患者さんを診たり、讀賣新聞の『人生案内』を読んでいると、夫婦関係を含み男女関係あるいは恋愛でしくじったと悩んでいる女性が多いことに、やれやれまたかあ、と気の毒な思いにかられます。 

 私は中学生の頃から恋愛については冷めた目で見ていました。父の転勤にともない、幼稚園で1回、小学生のときに2回転校して、その度に思いをつのらされる女の子が現れました。逆に転校生で素敵な子が現れたら節操もなく鞍替えしました。幼稚園に入る前は、近所に住んでいた1歳年上の可愛い女の子と相思相愛となり、サエちゃんが好きだ!とカミングアウトしたところ、田舎者の父が変にからかうので、それにこりて、その後はカミングアウトはしないで密かに胸に秘めることにしました。いくら鞍替えしたからといってもプラトニックラブで人に気づかれず、自分だけ心の中で陰気に楽しんでいたのでした。

 好きなタイプの女の子は20人に1人くらいの割合で出現しました。恋愛結婚したカップルもその範囲か、あるいはそれ以内で相手を選んでいるようで、別にオンリーワンではなさそうだぞ、と気づきました。よほど変な相手でなければ、あとは多少のことは目をつぶってつき合えば良いと10代の始めに悟ってしまいました。我ながらイヤなガキでした。

 高校を卒業する頃、小児科医・育児評論家の松田道雄先生が若者向けに『恋愛なんかやめておけ』という本を出しました。学生時代に読んで、自分とあまりにも同じような意見なので、新しい発見はなく内容もよく覚えていません。今となってはいろいろな反論もあるようですが、文庫本でまだ手に入るので興味のある方は読んでみてください。

 このようにオンリーワンなんてそんなにあるものかと常々考えていましたが、8月16日にNHKで放映された新番組『ふたりのディスタンス』を見て考えを大きく変えました。 30分のドキュメンタリーで、伝説の家政婦タサン志麻さん(42歳)とフランス人の夫ロランさん(27歳)の日常を新垣結衣さんの語りで紹介されました。志麻さんは完璧主義のため心を開く相手がいないまま30代のなかばまで仕事に打ち込んできました。その頃、父親が不在で孤独な思いをしていた19歳のロランが日本のアニメにあこがれて来日。たまたま居酒屋で出会った志麻さんを見て一目惚れして「もっと志麻さんのことが知りたい」と思い詰めアタックしました。さすがの志麻さんも陥落してまもなく結婚。番組の冒頭から志麻さんにチュッチュチュッチュとキスをしながらネコのようにまとわりつく、フランス人にしては小柄なロランの姿が映し出されます。日本人夫婦では見られないディスタンスで、ウザイって言われそうですが志麻さんは平気。伝説の志麻さんはコロナのため家政婦の仕事はできないので、もっぱら料理を作りロランがデリバリーしています。志麻さんは朝から晩まで忙しいので、ロランは主夫として5歳と2歳の子どもの世話から洗濯、掃除(換気扇までふいていました)に明け暮れます。ロランのことをヒモ呼ばわりする人もいますがロランはまったく気にしていません。個人主義のフランス人だからなせる技です。完璧主義の志麻さんは洗濯物のたたみ方が荒いなどと怒りますが、「撲、志麻に怒られるのが好きなんです」と「ゴメンね、ゴメンね」とまとわりつきます。志麻さん、「やっと心のうちを聞いてくれる人が現れました。でもロランは本当にこれでいいのかと心配です」と気遣っていました。現在、志麻さんのお腹には3人目の赤ちゃんがいて、すでに燦(サン)という名がついています。これぞオンリーワン同士の夫婦だと感服いたしました。