院長ブログ カーブ

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第493回 忙酔敬語 我慢はしないで頑張ろう!

 ひところ、うつ病の患者さんに「頑張れ」と言うのはタブーとされていました。ただでさえ頑張ることができなくてツライ思いをしているのに、「頑張れ」でさらに追い込んでしまうからです。うつ病になる人はマジメで責任感が強く、何かあれば「自分が悪い」と自責の念にかられます。とにかく心身の安静が第一です。

 ところが平成に入った頃から若者を中心に新型うつ病が出現しました。おそらく従来のうつ病とは別物と考えた方がよさそうです。とにかく人のせいにする傾向があり治療者泣かせでした。こうしたケースに対して「頑張れ」は解禁されました。

 ただし、私の友人である世良心療内科クリニックの世良院長は、「頑張れ」は言ってもよいが「我慢しろ」はダメだと言っていました。

 はて、「頑張る」と「我慢する」はどこが違うんだろう?としばらくしてから考え込みました。その場で確認すればよかったのに分かったような顔をしてしまいました。

 最近ははっきり説明できます。「頑張る」は攻めで「我慢する」は受け身です。「頑張る」には希望がありますが「我慢する」にはありません。アスリートの発言でも「頑張ります!」はありますが「我慢します!」は聞いたことがないでしょう?

 夏のはじめ、清掃のAさんがアスファルトの隙間に咲いたタンポポを指さして「先生、頑張って咲いていますね」と感慨深げに言いました。

 「生物で頑張っているのは人間だけで、ただ自然に生えただけ。あそこにしか生えられなかったマヌケです。あまり思い入れをしてはダメですよ」

 身も蓋もないことを言ってしまいました。

 ライオンがインパラ(小型の牛)を襲うとき頑張っているように見えますが単なる食事の一貫です。インパラも必死に逃げまわりますが別に頑張っているわけではありません。モタモタしてると食われるのでひたすら走っているだけです。

 「頑張る」という行為には目標を設定して思考する必要があります。ちょっと面倒な表現になってしまいました。「努力」と言い換えれば分かりやすいですね。

 大昔は、人間もライオンやインパラと同じように、頑張ったり努力したりしませんでした。食物の豊富なところに住んで採集や狩りでなりゆきで生きていたからです。農業を知ることで「頑張る」必要が出てきました。その辺のいきさつに関してはジェイムス・スーズマン著・佐々木知子訳『「本当の豊かさ」はブッシュマンが知っている』に書かれています。現在だって腹をくくれば頑張らなくたっていいのですが、「我慢できません」と相談されれば「頑張る」方向に指導してしまうのが我々医療者のサガです。

 ダライラマ14世が子供向けに書いた絵本『こころにいつくしみの種をまく』を2歳の孫娘に読みきかせました。何度も出てくる「いつくしみ」という言葉で舌がもつれ、いっそ「おもいやり」の方がいいのではないかと思ってしまいました。その中で「いつくしみ」を育むためには「努力(頑張る)」が必要であると書かれていました。ダライラマは幼少期から悪ガキと言ってもよいほどヤンチャでしたが、頭脳明晰で仏教はもとより自然科学や歴史も深く学び、たどり着いたのが「いつくしみ」でした。大人向けの本では「思いやりの心さえあれば哲学も宗教も必要ない」とまで言い切っています。抗争・不平等の時代、「いつくしみ」を育むために頑張らなくてはならないというのは悲しいことです。