院長ブログ カーブ

Close

第492回 忙酔敬語 菩薩の心

 私の机の片隅に土門拳さんが撮影した中宮寺の弥勒菩薩像の上半身の写真が置いてあります。この仏様はいわゆる半跏思惟といって、右足を左太ももの上に乗せ、右手を右頬に軽くあてて考え事をしている仕草をしています。

 仏教によると、56億年後に世界は滅亡し、その時、弥勒菩薩は如来に昇格して世界を救う役割をになうことになっています。そこでどうやって救おうかと今から考えているのです。仏教は時々とんでもない数字をはじき出します。現在、地球が誕生して50億年たちました。そして50億年後に太陽系そのものが消滅するそうです。したがって56億年とは当てずっぽうにしても納得させられる数字です。

 中宮寺の弥勒様はその美しさのため仏像の人気トップスリーに入れられています。順番の内訳は人によって違いますが、私にとって中学生以来ずっとナンバーワンでした。中学1年生のときの担任が美術の田中先生で、日本の仏像をスライドで情熱的に紹介してくれました。その中で中宮寺の弥勒菩薩の女性的な美しさに一目で魅せられてしまいました。中学3年生のとき、修学旅行で土門拳さんの写真を買い求めました。戦前に撮影されたその写真は当時から人気が高く、特攻隊員の中には懐にしのばせて出撃した兵士もいたそうです。いろいろな角度から撮影された写真がありますが、やはりこれがベスト。写真って単に写すだけかと思っていましたが、立派な独立した芸術なんですね。

 仏様の中では如来がトップで菩薩はそれに次ぐ地位です。如来はすべてから解脱しているので仏像でも飾りなどはありませんが、菩薩像はまだその境地に達していないのでいろいろな飾りつけをしています。その点、中宮寺の弥勒菩薩は、さすが56億年後に如来になるだけあって、頭髪を丸めたのを2つチョコンと乗せただけでシンプルです。

 菩薩には弥勒菩薩の他に地蔵菩薩などいろいろありますが、一番有名なのは観音菩薩です。如来がドッシリ構えているのに対して、観音様は求めに応じてみずから天から出向いて行きます。腰の軽い仏様なのです。そして相手に応じた救済をします。

 カウンセリングの基本として「受容」と「共感」という言葉が知られていますが、そんなに簡単なものではありません。

 「受容」によって相手は自分の本音をさらけ出します。患者さんは誰にでも本音をさらけ出しはしません。「はい、どうぞ何でもおっしゃってください」と言われても、何だか偉そうな先生だったらビビッてしまいます。

 「共感」は治療者が患者の心理状態を心底理解することですが、「そんなことでリストカットまでやるか?」という疑問を抱く場合が多く、これもそんなに簡単にはできません。疑問を抱いたら正直に「どうしてそこまで思い詰めたのですか?」と確認すべきなのですが、たいてい「傾聴」に終わってしまいます。それでは治る病気も治りません。

 次女が里帰り分娩のため2歳の孫娘を連れて来ました。その孫娘の相手が大変でした。とにかくジッとしていないので、それこそ老骨に鞭打ってつき合いました。話して道理の分かる相手ではありません。そこでこちらの精神年齢を2歳児まで落として一緒になって騒ぎました。はたしてチビは目をキラキラさせて喜びました。でもジジイはクタクタ。

 孫娘の相手で「受容」と「共感」のコツがつかめました。私はこの方法を「観音菩薩方式」と名づけ、ふだんの診療にも応用することにしました。