院長ブログ カーブ

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第488回 忙酔敬語 悪露って悪いものなのか?

 悪露って差別用語みたいだと思いませんか? れっきとした医学用語なのですが誰も疑問に思っていないようです。お産の経験のある水柿先生や豊山先生に聞いても「そう言えばそうですね、どこが悪いのかしら・・・」と首を傾げていました。

 そこで悪露に関する歴史を調べてみたら産褥熱にたどり着きました。19世紀までは多くの女性が産褥熱で命を落としました。不潔な状態でお産をしたため子宮内にバイ菌が入り込み高熱を出して苦しんだあげくに亡くなるという悲惨な病気です。子宮内に溜まった膿がオリモノとして出てくるのも特徴で、これが悪露と忌み嫌われる所以ではないかと思われます。ハンガリーの産科医ゼンメルワイスが、徹底的に手洗いをすることで劇的に産褥熱を減らしました。ただし、すぐれた研究者が往々にして持っているアスペルガー症候群という精神構造のため、同時代の研究者にうとまれて不幸な人生を送りました。

 今では清潔なお産が当たり前となっているため、産褥熱は忘れられた存在となりました。たまに風邪でもないのに疑わしい熱を生じる褥婦さんがいても抗生物質のおかげで大事に至ることはありません。

 産後、1週間目を過ぎたあたりに、突然、生理を越えるような出血のために受診する褥婦さんがいます。助産科の教科書には「後期産褥出血」と記載されていたことがありましたが、今は「後期分娩後異常出血」で一括りにされています。いろいろ原因はありますが、私は「いったん出来た子宮の中のカサブタが取れたからですよ」と説明しています。子宮の中に何も残っていなければ、治療する必要はありません。

 危機的な出血でなければふつうの悪露です。産科のテキストには悪露を「赤色悪露」、褐色悪露」、「黄色悪露」、「白色悪露」と分類されています。われわれ産科医は腟鏡で子宮口からの出血を直接見ることが出来るので、こんな分類はナンセンスだと思っています。出血が多ければ赤いし、少量なら褐色、ほとんどなければ黄色になります。悪露は子宮からの出血なので血が止まれば存在しません。ですから「白色悪露」なんて変な言葉です。よく普及している看護科のテキストは毎年改正されているはずですが、ほとんど前のテキストの丸写しです。もうちょっと自分の頭で考えろよ、と言いたくなります。

 最近、自治体によっては母児の2週間健診という制度が出来ました。札幌市は赤ちゃんだけなのでお母さんを診察することはほとんどありません。それに対して石狩市のお母さんは対象になるので診察台に上がります。サービル精神のある私は何かお土産を持たしてやりたくなります。超音波で子宮内に溜まっている血液が少なければ入浴OKとしています。はたしてお母さんは「えっ、もういいんですか?」と目を輝かせます。現在、皆さんマスクを装着中なので、喜んでいるかどうかは目と声の調子でしか判断できません。

 一般的に入浴については、1ヵ月健診後にと指導している施設が多いようですが、医学的な根拠はありません。日本のようにお風呂の好きな国は、古代ローマ時代までさかのぼらなくてはなりません。古代ローマでも同時代の世界同様にお母さんの死亡や赤ちゃんの死亡も現在と比べものにならないほど多く、入浴の有無は関与していませんでした。

 悪露が完全になくなるのは1か月健診を過ぎたあたりです。その後は、母乳栄養に専念しているお母さんは卵巣の活動が停止するので、膣粘膜が萎縮して異和感を覚える人もいます。異常ではありませんが、気になるお母さんにはホルモンの腟錠を処方しています。