院長ブログ カーブ

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第485回 忙酔敬語 通勤はBMWで

 大阪のネジ専門商社に勤務する90歳の玉置泰子さんが、「世界最高齢総務部員」としてギネスの記録に認定されました。勤続64年、定年を迎えても会社にその能力を惜しまれたため、さらに1年ずつ勤務を更新しているうちにここまで来てしまったのでした。

 テレビで放映されている姿を見ると、小柄ながらエネルギッシュではつらつとしていました。本当は臨時職員なのですが、若手からは「課長」と呼ばれて慕われていました。なんせ、漢字検定2級で、それに満足せず准1級に挑戦中。私の個人的な意見として、誰も読めないような難しい字を覚える必要なんてあるのかね、と思っていましたが、若い連中が「課長、この字はなんて読むんですか?」という場面を見せつけられ、それもありなんだなあと納得しました。でもこの場面、やらせかも知れないけど・・・。

 時代は残酷で四半世紀も前から世の中はIT化されてきました。当時60歳代の人たちは大抵この時点でリタイアしました。ところが玉置さんは新しいことに興味津々で、抵抗なくパソコンを使いこなせるようになりました。オレも見習わなくっちゃ、といたく反省。

 「わたしはBMWで通勤しています」

 高級ドイツ車ではなく、Bus、Metro、Walkingの頭文字でBMWです。大阪人らしいノリです。ウマイこと言うなあ、と感心しました。

 スポーツも78歳までスキーを楽しみ、卓球は今でもやっています。90歳になるとさすがに背中は丸くなりましたが、ヨーガで鍛えた体は軟らかく、股関節はお相撲さんなみに開くことができ、転んで骨折なんて無縁のようです、というかそもそも転ばないか。

 「人生の主人公は自分自身です。だからやりたいことをドンドンやっています」

 これが玉置さんのモットーです。この言葉、BMWよりもグッと来ました。

 ちょうどこの頃、讀賣新聞の『人生案内』に、40歳代の女性が15年下の男性に恋いこがれ、彼の海外出張間近になり追っかけて行こうかどうか、という切ない相談が掲載されていました。その回答が、年も年なんだから自制して趣味など広く持ち無難な人生を送りなさい、という実につまらないものでした。あまりにもつまらないので、当院のスタッフに見せたところ、全員、「思いきって突っ走るべし!」という意見でした。さすがオレたち、熱い血がたぎっているぞ、と誇らしく思いました。

 昔、『マジソン群の橋』が大ベストセラーになり、それを読んだ患者さんから、「先生もぜひ読んでみて」と、涙の溜まった熱い視線を受けながら本をわたされました。アメリカの片田舎でごく平凡な生活を送っている主婦が、たまたま家族が留守の間に、マジソン群の橋を撮影に来たカメラマンと恋に落ち、熱い4日間の日々を送りました。カメラマンは一緒に行こうと真剣に誘いましたが、彼女は家族のために断りました。半世紀後、彼女の遺言を読んだ兄と妹は、「あの大人しい母さんがこんな激しい恋をしてたんだ」と仰天しました。父もカメラマンもすでに過去の人で、証は遺言とカメラマンの遺品でした。

 私は、女の人ってこんな現実離れした恋にあこがれるんだ、と怖くなりました。

「自分が人生の主人公」、地味な役を演じ続けるか、激しい役を取るかは人によって異なるでしょう。私なら地味な役を選びますが、BMWで通勤する玉置さんの言葉から、悔いのない人生を送るために妥協のない選択肢もあり、とあらためて突きつけられました。

 でもねえ、激しい人生は花火のように消えてしまうよ、私って情けないですかね。