院長ブログ カーブ

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第483回 忙酔敬語 ボンディング障害

 最近、周産期のメンタルヘルスケアで取り上げられるようになった用語です。まだ正式な病名ではありませんが、精神科の診断名になるのも時間の問題でしょう。2月28日に行われた日本心身医学学会北海道支部の学術講演会で、北大の精神科の先生が「ボンディング障害の一例」という演題で発表されました。

 ボンディングとは「くっつく」という意味です。接着剤のボンドを思い浮かべればよいでしょう。ボンディング障害とは母親が赤ちゃんに対して抱く「くっつきたい」という感情がわき起こらない現象です。要するに、可愛いと思えない、愛情がわかない、といったたぐいの状態です。これは本人にとっても赤ちゃんにとっても深刻な問題です。昔は存在しなかったか、あるいはめったになかったので注目されませんでした。

 なぜ最近になって取りざたされるようになったのでしょうか? 私なりの見解を言うと、少子化のため赤ちゃんに接する機会を持たないままお母さんになってしまった女性が激増したので、このように不自然な事例が発症したのだと思います。これは人間に限ったことではありません。動物園のチンパンジーやオランウータンでも赤ちゃんを見たり触ったこともなく、赤ちゃんを産んでしまったメスは赤ちゃんをどうあつかってよいのか分からず、ほとんど育児放棄してしまうため、飼育員が赤ちゃんの世話をしなければなりません。類人猿でも大家族で赤ちゃんの世話を学習してきた個体はこんなことにはなりません。

 イヌやネコは子育ての段階まで脳にインプットされているため、育児放棄する例はほとんどありません。ゾウもインプットされているみたいで、さらには仮死で産まれて呼吸をしない赤ちゃんゾウを足で刺激して蘇生したお母さんゾウの姿がテレビで放映されたのを見ました。でも本当かな?とちょっとうさんくさい気もします。類人猿なみに立派な脳を持っているゾウが、学習もしないでここまでインプットされているとは信じられません。

 ここで思い出したのが園山俊二さんの原始人マンガの傑作『ギャートルズ』。

 ある若者の嫁さんが初産で元気な赤ちゃんを産みました。若者は感激のあまり朝日に向かって「天よ、ありがとう!」と叫びます。そして知りあいの小母さんに報告しに行きました。小母さんは12人目の赤ちゃんをお腹に宿しています。若者が話しかけたら急に産気づいて「ちょっと待って」と言って岩陰に行って赤ちゃんをポトンと産み落とします。赤ちゃんは泣きません。そこで小母さんは「ちょっと、アンタ」と言って手仕事をしている小父さんを呼びました。小父さんは無言で赤ちゃんをちょっと刺激して赤ちゃんを泣かせ、ポイっと小母さんに投げるように渡して何事もなかったように手仕事を再開しました。

 小母さんはそこで若者に言います。

 「なんの話だっけ?」

 若者は何も言えずに立ち去りました。ボンディング障害とは無縁の社会です。

 私は昭和の時代にボンディング障害のさきがけのような事例を経験しました。20代の妊婦さんがお腹の赤ちゃんに愛情がわかないと言うのです。産婦人科3年目の私は郷久先生から伝授された自律訓練法や交流分析などを駆使して、週一の割合で面接治療をしました。その甲斐あってか、産後に赤ちゃんを抱っこしたお母さんは「可愛い!」と幸せそうに微笑んでくれました。ビギナーズラックでしたが、あせらずにゆっくり子育てを学べば誰でも問題なく克服できるはずです。