院長ブログ カーブ

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第476回 忙酔敬語 パリのワイン

 二人の娘たちが中学生と小学生のころ、長期休暇はパリを中心とした海外旅行をしました。そしてパリでは恐れも知らず、星つきのレストランでディナーを取ったものでした。

 はじめて行ったのは鴨料理で有名なトゥール・ダルジャン。もともと三つ星でしたが、ミシュランは、新しい工夫とサービスも評価基準としているので、一つ星になってしまいました。それでも伝統をくずさない姿勢はアッパレでした。その後、タイユバンなどの三つ星にも行きました。確かにギャルソンの気配りは満点で楽しく食事をしましたが、味は無愛想なトゥール・ダルジャンの方が一枚も二枚も上だったような気がします。

 トゥール・ダルジャンはノートルダム寺院の近くにあり、店は古く、エレベーターをガタピシさせながら2階にとおされました。パリの晩餐は8時過ぎと遅いので、われわれが着いたときはアメリカ人らしい二人連れの男性しかいませんでした。ノーネクタイでリラックスしたムード。それに対して私は正装で緊張のためガチガチ、来なきゃよかったと後悔しました。でも妻によると店のスタッフはアメリカ人たちを軽蔑しているようでした。

 鴨を中心としたコース料理はやはり素晴らしかった。鴨の半分は素材を生かした塩味、そして半分はソースの選択を迫られました。オレンジのソースが有名だったので、それを注文しましたが、私にはちょっと甘く失敗したと思いました。しかし、妻や娘たちは満足そうに平らげていました。デザートのクレープも手が込んでいて重厚な味わいでした。

 問題はワインでした。妻が言うにはワインの選択は男の役目であるとのこと。メニューはもちろんフランス語のみ。英語も読めないのにさらに格好つけて斜めの書体で書かれている。めまいがしました。アルファベットの気取った斜めの書体は生理的に馴染めない。新川のコーチャンフォーの看板も斜めの書体なので初めて車で行ったときは通り過ぎてしまった。もう行くものか、と思いました。しかたないのでにわか覚えのフランス語で「ケスクブ・コンセイエ?」と言いました。「今日のおすすめは?」です。これが通じた。威厳のあるソムリエは頷いてメニューを太い指でなぞり、ある所で止めました。「これでどうですか?」という顔つきだったので思わず「ウィ」と返事しました。

 ワゴンで運ばれて来たのは、かびたラベルのいかにも古そうなワイン。かたやアメリカ人たちは新しいラベルのワインで盛り上がっていました。ヤベーの頼んじゃった、と恐ろしくなりました。有名なソムリエが、テレビで「森林の中で花の香りがして重たくはあるがスッキリした味わいだ」なぞと解説しているのを見て、「知ったようなこと言うな!」と常々反感を抱いていましたが、このワインはまさにそのとおりでした。子供たちも少し口に含んだ瞬間「美味しい!」と目を輝かせました。本当に良いものは誰にでも分かります。ただし値段も凄かった。ン!万円もしました。妻に「どうして値段を確かめなかった!」ととがめられましたが、そんな余裕などあるものか。これが今まで飲んだワインの中で最高でした。それもダントツ。ン!万円の価値はありました。もう二度と飲まないけど。

 最低のワインを経験したのもパリでした。フランス人はワインを水がわりに飲むと言われていますが本当でした。昼の定食屋に行ったとき、「飲み物は水にしますか?それともワインにしますか?」。値段はどっちも同じなので私だけ壺入りのワインを注文。一口飲んでビックリ。さまにション便ワイン!グレープジュースから甘みも香りも抜いたような代物でした。でもワインだった証拠には店を出てから酔いが回ってフラフラしました。