院長ブログ カーブ

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第466回 忙酔敬語 絶対治るよ

 休日の夕方、『マツコ&有吉かりそめ天国』の再放送を見ていたら、25歳医学生(男性)からのメールが紹介されました。

 「指導医の先生に、患者には絶対治るよと言ってはいけないよ、って注意されたんですが自分はもっと励ましたいと思っています。お二人はどう思いますか?」

 こんな質問、この番組にはふさわしくないな、医療の経験がある人に相談すればよいのに・・・。この医学生、見当違いな人生を送りそうだな、と思いました。

 いつも冗談や皮肉で質問を処理しているマツコさんと有吉さんはマジメに取り組みました。さすが言っていいことと悪いことをわきまえている二人でした。

 マツコ「わぁ、難しいはねぇ、わたし、お医者さんには絶対なりたくないわ」

 有吉「ウーン・・・。治るって言いたいんだけど、確かに8割治っても2割治らないってこともあるからなぁ・・・」

 結局、盛り上がることなくこのコーナーは終了しました。

 このテーマはけっこう古く、私が医師になった頃はすでに常識でした。先輩の医師やベテランの助産師さんから「はじめに重症みたいなことを言っておけば、後で苦情を受けることはないし、逆に治れば非常に感謝されるもんだよ」と教えられました。いわゆるシビアムンテラというやつです。シビアはきびしいという意味、ムンテラはムント・テラピーの略で医師が患者さんやその家族に対する説明です。ムントはドイツ語で口、テラピーもドイツ語で治療を意味します。ようするにドイツ語をはしょった和製用語です。したがってムンテラは言葉による癒やしを意味するはずですが、シビアムンテラは何かあっても訴えられないぞ、という医療者側の防御体制の意味合いの方に比重がかかっている感じでした。現在はインフォームド・コンセント(説明と同意)という用語に取って代わりましたが似たようなものです。インフォームド・コンセントは正式な医学用語です。

 私もこの若者のようにシビアムンテラには異和感を覚えていました。医師は病気を治すだけではなく心を癒やす義務もあるのではないか? 自分を守る態度で接したらよけい患者さんの不安や不信感をあおるのではなかろうか?

 ここで思い出したのが、中学生のときに読んだジェローム・K・ジェローム著『ボートの三人男』。少年少女世界名作文学のイギリス編に掲載されていました。イギリスが一番景気が良かったビクトリア朝に書かれたユーモア小説です。健康に自信のない三人の男がボートでテムズ川を旅するというたわいない話で、一体どこが名作なのか当時は理解できませんでしたが、イギリス文学の一時代を象徴する名作の一つとされています。このなかで一番気に入った文章が、天気予報は「晴」とすべきで、たとえ雨になっても頑張って晴と予報したんだな、と好意的に受けとめられるものだ、という一節でした。

 緒方洪庵と適塾に大きな影響をあたえたドイツ人医師フーフェラントは、「患者には希望を失うような言動をしてはならない」と言い残しています。

 当院の郷久晴朗院長の恩師である札幌医大産婦人科の齋藤豪教授は、どんな患者さんに対しても「大丈夫、治るよ」と言ってはばからないそうです。

 「エライ!!」  院長から聞いた私は思わず叫びました。