院長ブログ カーブ

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第465回 忙酔敬語 ローマ帝国と大清帝国

 中国・内モンゴル出身の留学生が久しぶりに受診しました。がんばり屋さんで心身ともに体調がすぐれないのに、今年の春、北大大学院にみごと合格しました。勉強やコロナで大変なので、これまで飲んでいた漢方薬を長期処方して欲しいとのこと。

 中国政府はチベットをはじめウィングルを弾圧してきましたが、最近では内モンゴルにも触手を伸ばし始めました。数年前まではまだノンビリしてたので、患者さんはストレスがたまると内モンゴルに帰って馬を走らせて気分を一転させていました。しかし「とうとうモンゴル語も制限されるようになってしまいました」と暗い顔をしていました。

 私は怒りのため口が苦くなりました。「いざとなったら日本に帰化しなさい!」

 近代中国は異民族の満洲族によって支配され「清」となりました。清はそれまでの漢民族の王朝「明」が治めていた中華のほかにモンゴル、チベット、ウィングルも統治下に入れて中国史上最大級の領土を持った大帝国をきずきました。100万人にも満たない満洲族が、多くの人口を占める頑迷な漢人に加えて、それまで漢人の王朝がもてあましていた周囲の異民族まで統治したわけで、司馬遼太郎さんは世界史の奇跡とまで言ってました。

 初期の清は、自分たちが少数派であることを重々自覚しており治政に全力を注ぎました。中華の学問や伝統を漢人以上に学び、とにかく人民が飢えないことに専念しました。おりよく新大陸で発見された生産性の高いトウモロコシやジャガイモなどが流入したため、中国全体の人口は飛躍的に増加しました。ただし満洲族のアイデンティティを失わないように伝統の弁髪を漢人にも強要したため、誇りを傷つけられた漢人は清を恨み続けました。

 征服したモンゴル、チベット、ウィングルなどに対しては、それらの民族の文化や伝統に理解を示した統治を持続させました。と言うか、介入するユトリも無かったようです。

 ここで思い出したのが古代ローマ帝国です。ローマは共和制時代から自国を蛮族から守るために領土を広げました。しかし征服した属州を上から支配するのではなく、領土内に水道橋や大浴場、コロッセオなどローマと同じようにインフラ整備をしました。また、優秀な人材があれば属州の酋長でも元老院議員にした例もあり、帝政になってからもスペインや北アフリカ出身の皇帝が現れました。ローマ人はギリシアを征服しましたがギリシア文化を尊重し、公用語は本来のラテン語の他にギリシア語も併用しました。また、多神教なので、ギリシア・ローマの神々以外にも属州の神々も鷹揚に取り入れたため、神様の数が増え30万にもなったそうです。まあ、日本の八百万の神々には及びませんけどね。

 一神教は他の宗教に対してしばしば不寛容な態度をとってきました。イスラム教を立ちあげた預言者ムハンマドはキリスト教などに理解を示していましたが、時代が立つにつれ宗派にもよりますが、もともとの平和的な精神を失い、現在に至っています。

 満洲族の宗教は、仏教の文殊菩薩を信仰していたという説もありますが、素朴な原始宗教だったようです。ですからチベット仏教など他の民族の宗教には寛大でした。一方、現在の中国は共産党の一党独裁で、まるでがんじがらめの一神教です。

 ローマ人はギリシア文化を尊重していましたが、漢人は中華思想が身にしみついていてまさに「おれ様」。現在でも無意識に他の民族を見下しています。さらに繁殖力があり中国本土以外にも世界中に進出して中華街を形成しています。こんな漢人とともに中国にいる少数民族はたまったものではありません。まことに気の毒な状況にあるのです。