日本では一般的に新生児にケーツーシロップを飲ませることになっています。脳や消化管からの出血を防止するためです。ケーツーシロップはビタミンK2です。
赤ちゃんは先天的にビタミンK不足のケースが多々あります。ビタミンKは骨をしっかり固める作用もあります。ビタミンKタップリな赤ちゃんは石頭になります。頭の骨が軟らかいと分娩時、産道に合わせて頭の形が変形するのでラクに生まれます。石頭の赤ちゃんではそうはいかないので無事に生まれない場合があります。今だったら帝王切開という手がありますが、昔は母児ともに難産のあげく死んでしまうこともありました。
産育史がご専門の沢山美香子先生によると、江戸時代のお産で死因が分かっている17例中7人が赤ちゃんを分娩できずに亡くなっているそうです。先ほども述べたように今なら帝王切開ですが、当時は手立てがありませんでした。死に方としても何日も頑張ったすえのことで、さぞかしつらかっただろうと胸が痛みます。
分娩ができない主な原因として、お母さんの骨盤がせまい、赤ちゃんの頭が大きい、それに赤ちゃんの頭の方向が悪い(回旋異常、骨盤位など)の3つがあげられます。
赤ちゃんの頭が軟らかければせまい骨盤でも無事に生まれる可能性があります。頭の固いケースでは母児ともダメになるので軟らかいタイプ、すなわちビタミンK不足の赤ちゃんが生きのびてきたと考えられます。しかし、ビタミンK不足の赤ちゃんにはマレですが頭蓋内出血や腸管からの出血をきたす危険があります。昔だったら出血傾向にある子に限ってビタミンKを補っていましたが、今ではお母さんがイヤだと言わなければ(赤ちゃんはイヤとは言いません)すべての赤ちゃんにケーツーシロップが投与されています。
産婦人科医療を行っていると出血の患者さんにしばしばお目にかかります。そうした患者さんにはホルモン治療や止血剤が処方されます。しかし私の経験で、これは効いた!と実感した止血剤はほとんどありません。北見赤十字病院に勤務していたとき、卵巣がんが骨転移して骨折したため整形外科へ紹介した患者さんがいました。整形外科で診てもらった後、それまでダラダラ続いていた出血が止まりました。どうしてか?と検討したところ、整形外科で処方されたグラケーという骨粗鬆症適応の高容量ビタミンK2剤が効いたのではないかという結論にいたりました。
ビタミンKは納豆に多く含まれているので日本人は欧米人とくらべて骨粗鬆症は少ないと言われています。欧米人はカルシウムの多い牛乳や乳製品を大量に摂取しているので不思議ですが、カルシウムを摂っても限界があるようです。煮干しなどの小魚のカルシウムも日本人に有利に働いているそうですが、最近は煮干しでダシを取るなんて面倒なことはしなくなったのであまり当てにはなりません。心筋梗塞や脳梗塞など血液が固まるとマズイ人たちは納豆はひかえた方がいいようですが、納豆で死んだという話はありません
止血剤としては日本で開発されたトラネキサム酸がポピュラーです。開発当時、生理の量が少なくのが分かり、女性スタッフが実験室から黙ってくすねて行ったということですが本当かネエ、と疑いました。日本で認可されている量では効き目は期待されないからです。しかし、欧米では日本の2,3倍量処方できるので効き目があります。どうしてこんなことになったんでしょう?不思議です。しかしトラネキサム酸はお肌にも良いとCMで紹介されているので軽度の不正出血の患者さんは喜んで飲んでくれています。