院長ブログ カーブ

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第447回 忙酔敬語 暗闇にライト

 50歳代の患者さんがため息をつきながら言いました。

 「体がだるいので内科を受診したら、血液検査をして異常ないから何でもない、と説明されたんです」 

 口の悪い私は言いました。

 「そいつはバカですね。人間の体を暗闇にたとえるなら、検査はただのライトです。ライトのとどく範囲で異常がないから暗闇全体が大丈夫だなんて言えません」 

 患者さんは大いに納得して「かえって気分が晴れました」と笑顔で帰って行きました。

 2017年10月の日本良導絡自律神経学会学術大会で、横浜市立大学市民総合医療センター・ペインクリニック准教授(現教授、長い肩書きですなあ)の北原雅樹先生の招待講演がありました。アメリカ留学の経験のある北原先生は、疼痛の原因を身体と精神に区別している日本は40年古い!と熱く述べておられました。私は手を挙げて発言しました。

 「東洋医学の考え方は心身一如でそんな区別はしていません」

 良導絡学会は鍼灸を電気生理学的に研究する学会です。東洋医学に科学の光をあてる学会と理解されてもいいかもしれません。私もいろいろかかわっており、毎年一般演題で発表しています。

 北原先生は思いがけない発言にちょっとたじろいだようでした。私は私で、アメリカ人がそんな考え方をするのかな、と不思議に思いました。

 私の診療母体である日本心身医学会も時代によってゆれ動いて来ました。一番バカバカしかったのはリエゾン精神医学の流行でした。身体症状に関してそれぞれの診療科で、診察や検査でその症状に見あった所見がなければ精神科へコンサルトするという考え方です。当時からこの考えに対して批判的な学会員は大勢いました。リエゾン精神医学のテーマでシンポジウムを行ったところ、あるシンポジストの先生が、精神科の医師があれこれ訊くよりも、主治医が「ばあちゃん、今日の調子はどうですか?」と優しく一言声をかける方がよっぽど患者さんは安心する、とミもフタもないことを言っていました。

 リエゾンはフランス語で「連携・連絡」を意味しますが、リエゾン精神医学はアメリカが本場だと勝手に思い込んでいたので、北原先生の発言に疑問を抱いたのでした。

 あれから、3年、『日本医事新報』に奥山伸彦先生(JR東京総合病院顧問)の小論文にその回答を見つけました。

 〈1979年国際疼痛学会(IASP)は、痛みとは「実際に何らかの組織損傷が起こった時、あるいは組織損傷が起こりそうな時、あるいはそのような損傷の際に表現されるような、不快な感覚体験及び情動体験」と定義し、組織損傷がなくても組織損傷によって生じる痛みと同じと訴えるなら痛みとして受け入れるべき、つまり「痛みはいつでも心理的な状態」と解説している。〉

 確かに40年前のことでした。そうならそうと国際疼痛学会の提言だ、とハッキリ言ってよ、と思いましたが、納得できたのでスッキリしました。われながら執念深い記憶力でした。  この考え方によって暗闇へのライトの明るさと幅は格段と増します。疼痛学会のみならず、すべての診療科にも浸透すればよいのにと思ったことでした。