院長ブログ カーブ

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第420回 忙酔敬語 人類みな平等か?

 最近、北海道地域のニュースを見るとかなりの頻度でアイヌ文化の話題が出ます。医学部の最終学年の夏休みに産婦人科を選ぶかどうかを相談すべく日高門別国保病院の丸山淳士先生のもとで1週間ほど研修しました。当時、そのあたりは色白で体毛が多く彫りが深いいかにもアイヌといった感じの人々がけっこう住んでいました。丸山先生が札幌の斗南病院に転勤してからも先生をしたって目のパッチリしたアイヌの妊婦さんがはるばる門別から来院していました。川越宗一さんが『熱源』で直木賞を受賞してからますますアイヌへの関心が高まっていますが、もうすでにアイヌ文化は絶滅危惧です。アイヌ語で会話できる人が5人しかいなくなってしまったからです。言語は文化の根幹です。

 麻生副総理が「日本は2000年間世界にもまれな単一民族である」と言ってヒンシュクを買いましたが、そもそもこの副総理に知性を期待するのが間違いです。麻生さんは総理になったとき、開口一番、「マンガの殿堂」を築くと言って張り切っていました。おいおい、それが総理の言うことか、と私は呆れはてました。別に「マンガ」を蔑視しているわけではありませんよ。ただ、自分の趣味を政治に持ち込む了見についていかがなものかと思ったのです。やはり麻生さんの政権は短く、すぐに民主党に取って代わられ、さらに日本の政治は迷走状態になりました。その後、安倍政権の副総理になってから長く居座っていますが、それ自体、日本が平和というあかしなのですかねえ。

 話が妙な方向にそれてしまいました。アイヌについてでした。アイヌに対する蔑視は私の幼少時代から感じていました。母方の祖母が「アイヌに梅干しをやると5個も6個もむさぼり食べる」が言っていました。この祖母は新潟出身で上杉謙信を尊敬することままならず何かと言えば「信玄に塩を送った」と自分のことのように自慢していました。

 かたや山梨県内船の本家の伯父。生前は日蓮聖人の次くらいに武田信玄のことを崇拝していました。何百年たっても人の他の一族・部族に対する態度は変わりません。

 アイヌに対しての尊敬は一部のインテリに限ったもので、金田一京助が叙事詩「ユーカラ」を日本語で記録しました。高田屋嘉平や松浦武四郎もアイヌに同情的でしたが、いわゆる「庶民」がアイヌを見くびりました。どうも人間のサガとしか思えません。

 脳科学者の中野信子さんは、人間は他の集団に対して敵意を抱くと言っています。東海林さだおさんも、はとバス体験で別のグループを観察しているうちに、そのグループのことを「敵」と表現するようになってしまったとエッセイで書いていました。私自身、小学校に入学したとき1年1組でしたが、2組の連中に対して得も言われぬ敵意が芽ばえたことを覚えています。でも2組の連中と交流しているうちに数か月で敵意は消失しました。

 島崎藤村の『破戒』を読んだとき、部落出身のカミングアウトとは知らず、「破壊」と勘違いして「何を壊したんだろう」と不思議に思いました。山梨県出身の歴史学者、網野喜彦先生も『日本の歴史をよみなおす』で、中学生になったとき『破戒』を読んで何のことか分からなかったと書いています。しかし、部落差別は西日本でいまだに根強く残っていて、学会で徳島県に行ったとき県庁市庁舎に「部落問題をなくそう!」というスローガンを書いた段幕が風にたなびいているのを見て驚いたものでした。  日本一つ取ってもこのザマです。インドは民族の団結どころではありません。人口が中国に匹敵してもオリンピックで目立った活躍がないのはこんなワケだと思います。