院長ブログ カーブ

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第417回 忙酔敬語 外国人の患者さん

 昨年からベトナム人の患者さんが通訳の方に引率されて受診するケースが目立つようになりました。みなさん寮生活をされていて勤務している会社によって人数は異なりますが、なかには100人近くで暮らしているケースもあります。勤務先の会社は保険を利用して健康管理にも配慮しているようです。ロンドンでトラックのコンテナで39人ものベトナム人の遺体が発見されて世界中を震撼させましたが、日本の企業はさいわいにも手厚く対応しているのでホッとしています。もちろん患者さんたちにはそのニュースは知れわたっていて皆さん恐れおののいていました。

 ベトナムの方々は集団生活をしているため、直接日本人と会話することが少ないのか1年以上日本にいても片言の日本語しか話せない人たちがほとんどです。また多くの女性が故郷に夫や子供達を残して働いています。

「ハノイ(あるいはホーチミンなど)に帰りたいでしょ?」

と訊いても、首を横に振って日本で仕事がしたいという返事。ベトナムでは生活がなり立たないのでしっかり稼ぐ覚悟をかためているようです。

 ベトナムってそんなに経済的な基盤が弱いのか、とあらためて考え込んでしまいました。

 実は私、ベトナムの人たちを尊敬しています。戦争が強いからです。常々戦争絶対反対と言っておきながら矛盾していますが、正直な感想なので仕方ありません。

 世界征服寸前まで領土を広げたモンゴル帝国を撃退したのは我が日本とベトナムでした。そして20世紀になってベトナムはアメリカをも撃退しました。現在の戦争は民間人を巻き込むと世界中からパッシングを受けますが、当時は枯れ葉作戦やナパーム弾などそれこそアメリカは非人道的な兵器を雨あられのようにベトナムに浴びせました。その爆薬の量たるや第二次世界大戦に使用された量をはるかに上回りました。枯れ葉作戦の影響か体の一部が合体した一卵性双生児のベトちゃんドクちゃんが日本で手術を受けました。日本は蔭ながらアメリカに協力していたのによくぞ日本に来てくれたと思ったものです。

 そんな悲惨な戦争中でも「テト」と言って正月休みがあり、そのときは戦争も一時お休み。南国特有のノンビリした余裕を失うことはありませんでした。それに反して戦場にはならなかったアメリカ本土では若者の精神状態がやさぐれ、ヒッピーやらエイズやらがあふれ出て、社会全体が曲がり角に来てしまいました。

 あんなに強かったベトナムが生活にあえいでいるようなのです。不思議なものです。

 中国人の患者さんもときどき受診されますが、みなさん主張がはっきりして堂々としています。それに引き換えベトナム人はおとなしく控えめ。でも芯はしっかりしているので信頼できるお金のかからない労働者となっているようです。

 私、学生の頃、ラジオで中国語会話の初級まで勉強したことがあるので、片言の挨拶くらいは言えます。

「ニーハオ、チンツォー(こんにちは、どうぞお座りください)」

 口の構造上か英語よりも発音が良さそうでよく通じます。患者さんは安心したようにニッコリ笑って「シェーシェー」と言って腰掛けます。

 ベトナム語で挨拶したいのもだと紀伊國屋で『ベトナム語入門』を立ち読みしました。 ※ここで紙面(A41ページ、40×40字)が尽きたので次回に続く。