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第368回 忙酔敬語 四逆湯

ある程度、漢方を勉強した人は必ず知っている処方です。しかし、医療用のエキス剤にはありません。四逆散というまぎらわしい処方名のエキス剤はありますが全然別物です。構成生薬は附子、乾姜、甘草と3味で単純です。対象は体力が著しく衰え、もう危ないという重病人です。ただし薬は飲める。扁鵲(へんじゃく)という古代中国の伝説的な名医は、6つの治療不可能な病態の1つとして「身体が衰えて薬が飲めない」とごくまっとうなことを述べています。四逆湯はこの1歩手前に使われたようです。

こういった状態はさすがに現代では西洋医学の対象となっているので、四逆湯の出番はほとんどなくなりました。製薬会社も売れそうもないと判断したのか手軽なエキス剤は「ウチダの四逆湯」のみで、しかも医療用としては保険の対象外なので自費となります。

しかし、漢方に手を染めた私は、冷え冷えの患者さんに何とかして使ってみたいと思案していました。附子は単独でも保険が使えます。甘草はクラシエから甘草湯として保険の効くエキス剤があります。乾姜はおむかえの「はるにれ薬局」に相談したところ、既存のエキス剤と一緒に処方すれば保険が使えて手頃な値段で提供できることが分かりました。

そこでクラシエ甘草湯をベースに附子末、乾姜末を加えて冷え冷えの患者さんに処方してみました。構成生薬の少ない薬は切れ味が抜群です。ただし副作用も抜群なので注意しなければなりません。しかし、本来用いられた、今にも倒れそうという患者さんではないので、基本的な状態を把握していれば大丈夫です。はたして「おかげさまで温まりました」と喜ばれました。

本来の四逆湯は煎じ薬です。うるさく言えば甘草以外は生薬末なので、四逆散と言われかねないのですが、はじめに申したように四逆散とは別物です。かんがみるにオースギ製薬には四苓湯という散剤がありますが、これに対して「四苓散じゃないか!」と文句をたれる医師は少ないので、私流の四逆湯に異論を唱える人はいないでしょう。

附子は体を温めて代謝を促進する生薬のスーパースターです。原料は猛毒のトリカブト。ただし修治して毒を充分に抜いて妊産婦にでも使える状態になっています。本来、鎮痛薬としても使えたのですが、解毒する課程で鎮痛作用もほとんどなくなり、痛み止めとしては期待できません。昔の漢方医は「附子は少ししびれるくらいが良い」と物騒なことを言っていたそうです。

乾姜はショウガを乾燥させた生薬です。中国ではただ乾燥させただけですが、日本漢方ではいろいろ手を加えています。生のショウガも生姜と命名され、生薬として使われていますが、これは胃腸の調子を整えたり解毒作用のために使われます。乾姜は胃腸を温める作用が強力です。ただしピリッと刺激が強いので患者によって加減する必要があります。

甘草は漢方薬においてマイルドなまとめ役として使用されることの多い生薬です。しかし、最近、甘草を摂りすぎると血中のカリウムが低下するため要注意とされていますが、本来、上品(じょうぼん)にランクされる穏やかで安全な生薬とされてきました。漫然と処方するツケが回った結果だと思います。

この寒い季節、四逆湯を中心とした漢方薬が役立っています。温める生薬の代表はその他、桂皮(肉桂、シナモン)がありますが、発汗作用があるので体液が少なくなっている人には使えません。しかし、頭痛によく効くので、シナモン大好きな人には最適です。