佐野理事長ブログ カーブ

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第367回 忙酔敬語 壊れない人たち

第367回            壊れない人たち                     (2019.2.4)

 

稀勢の里が壊れてしまった。本当は2年前に壊れていたのですが、中途半端な養生のため、完治しないままにズルズルときてしまったのでした。大体、大の大人の大ケガが1場所くらいの休場で治るはずはありません。

それに対して赤ちゃんの快復力には目を見張ります。まだ昭和の時代、道立江差病院でもうチョイで5000gに達する超ビッグベビーのお産に立ち会いました。頭は出たのに肩幅があまりにも大きいので恥骨にひっかかってビクともしない。骨盤の隙間に手を差し込んで赤ちゃんの脇の下をさぐってグッと回したところ、ボキッとイヤな音とともに赤ちゃんは産まれました。整形外科の医師に診てもらったところ、レントゲン写真であきらかに上腕骨が折れてずれていました。成人だと整復してから固定するのですが、整形外科医は少しも騒がす、そのまま固定してしまいました。はじめは、とんでもないヤツに診てもらったものだ、と思いましたが、1週間ごとに骨はまっすぐになって何事もなく治ってしまいました。今度は、よけいな手術をしなくて大したヤツだ、と感心しきりでした。

いきなり横道にそれました。大相撲は過酷な競技です。100㎏超級どころか150㎏超級の大男が本気でガツンとぶつかり合います。稽古ではある程度加減しますが、それでも何かの拍子でケガをしてしまいます。巡業でも余裕を残した相撲を取りますが、本場所はそれこそガチンコ勝負。土俵は固いし、アメフト以上のぶつかり合いなのにほとんど裸でノーガード。ふつうの人なら死にます。

高見盛(現・振分親方)が十両に転落寸前のときの稽古風景をテレビで見たときはビックリしました。金属製の柱にガキンガキンと音を立てて肩からの立ち会いの練習をしていたからです。これで幕内では通用しないのか!と戦慄を覚えました。力士は化け物です。

ですから貴ノ岩が日馬富士にコントローラーでぶん殴られて頭に6針ばかりの負傷を負った事件でも、まさかあそこまでの騒ぎになるとは思いませんでした。相撲の世界での上下関係は昔から「無理偏に拳骨」と言われていました。しかし、現代人の貴乃花親方はそんな体質に異を唱えました。

そう言えば、落合博満さんが中日の監督に就任したとき、コーチたちに言った言葉。

「選手に手を上げるなよな」

スポーツ界全体にパワハラがまかり通っていたんですね。

いくらコーチが叱咤激励しても限界があります。鍛えれば良いってもんではありません。必ず壊れます。しかし選ばれた人たちは壊れません。野球界ではご存じ、イチロー選手。そしてかつての長島選手、王選手、張本選手、金田投手。みな天才でしかも人一倍努力をしましたが壊れませんでした。それでも神様・仏様・稲尾様はあまりの酷使のため大破。

柔道界では「木村の前に木村なし木村の後に木村なし」と言われた木村政彦。全盛期は人の3倍練習するんだと意を決し、腕立て伏せ1000回、神社の石段をウサギ跳びで境内まで駆け登った。現代のスポーツ医学ではやってはイケナイとされる行為です。それでも足りず、夜中に寝る時間をけずって立木を利用して1000回の打ち込み。常軌を逸しているとしか言いようがありません。しかし、最後はプロレスで力道山に壊されました。

稀勢の里は敗者ではありません。ただふつうに壊れただけです。相撲界では関取(十両以上)になっただけでも勝者です。よく頑張りました。本当にお疲れ様でした。