院長ブログ カーブ

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第364回 忙酔敬語 産科医の働き方改革

まだ平成に入って間もなくの頃、NHKのドキュメンタリー番組で、過酷な研修で有名な、九州のとある大学病院の第二外科の教授が紹介されました。パワハラという言葉はまだありません。あいまいな記憶にもとづいて再現してみます。

外科医のほとんどは体育会系の人間で、この教授もさまにそうでした。定年間近というのにとにかく若い医局員をしごきまくりました。そのしごきぶりは全国に知れわたっていて、そのしごきを受けたくて他の大学からもM系の若手医師たちが集まってきました。

教授は臨床の基本を大事にしており、まず患者さんの身の回りのお世話を3ヵ月間させました。病室のテーブルを拭いたり布団の入れ替えをしたり看護助手の仕事からスタート。それから体位交換といった介護や採血などのナースのお仕事。覚悟の上で働いていた若い医師はイケメンではありませんでしたが、はつらつと拭き掃除をしていました。

そして地獄の総回診。どうゆうわけか第二外科の病室は地下1階から4階まで分散していて、老教授はエレベーターを使わず、まず地下から4階まで一気に階段を登って行きました。気の毒な医局員たちはカルテと分厚い資料をたずさえて息絶え絶えに教授の後をついて行きました。もちろん、それだけで済むはずはなく、ベッドサイドでは患者さんの前で厳しく治療の内容について突っ込まれました。

大学病院ですから臨床だけやっていれば良いというワケにはいきません。夕方からは研究のために試験管を振り回して実験をしたり論文を書いたりしなければなりません。そんな夜中の11時に「よう、やっとるかね?」と教授は現れます。まさに鬼。

さらに朝の7時に勉強会があります。この教授は疲れというものを知らないようでした。ある日、その勉強会で教授は新聞をふりかざしました。そこには当時話題になった過労死で亡くなった若い医師の記事が掲載されていました。教授が何と言ったか覚えていませんが、医師たる者、過労死覚悟でOKじゃないか、という内容だったと思います。

私は、この可哀想な医師は医者向きではなかったのではないか、と考えています。体力的にも精神的にも。外科医を目指す者はまず体力(この教授ほどでなけてもけっこうですが)、そしてタフな精神的な構造が必要です。その頃から燃え尽き症候群という言葉が取りざたされてきました。とくにターミナルケア(今では緩和ケアに含まれています)では、まじめに取り組めば取り組むほど自分の命まで削られるケースが多発するので、まず、おのれの管理をしなければアウトです。

その頃、入局したての女医さんがスッピンで頑張っているのを見て私は言いました。

「おい、そんな顔をしてたら患者さんが不安になるぞ。口紅くらいしろよな」

その女医さんはもともと化粧は薄くするタチだったみたいで、あれから四半世紀もたって自分のペースで仕事をしているのに、いまだにスッピンに近い状態です。でもお肌はすべすべで健康そう。人には人のやり方があるもんだな、と考え直したことでした。

働き方改革によると今の産科医のやり方ではほとんどの病院がルール違反になるということです。でもねえ、と私は思います。昨年の大晦日、日当直をしましたが、お産もなくノンビリ過ごしました。働き方改革ではこれも勤務となり労働時間に加算させるらしい。勤務中でもオフになる時間があればオフを楽しみ、オンにそなえればまだまだいけると思うのですがねえ。まさに忙中閑ありです。