このタイトルで何かピンときませんか? そうです。ワクチンのことです。今回はワクチンに対する行政の事なかれ主義と、マスコミの対応についての私の感想を述べてみたいと思います。
今年、風疹が若い男性の間に大流行しました。これで亡くなった方はほとんどいませんが、問題は風疹の免疫のない妊婦さんへの感染です。妊娠20週(6か月)未満に罹患するとハンディーを持った赤ちゃんの確率が高くなります。具体的には心臓や目の奇形です。これらは妊娠初期の場合で、妊娠16週(5か月)を過ぎると大きな奇形はほとんどなくなりますが難聴の問題が残ります。ある小児科の先生の話によると、耳の不自由な人の多くは風疹が原因になっているそうです。
昭和54年度以前は女子中学生は風疹のワクチンを受けるのを義務づけられていました。しかし、ワクチンによる有害事例が生じたため行政は身を引いてしまいました。そのため平成に入るまでの間に風疹ワクチンを受けない空白の世代が生じてしまいました。調度、現在妊娠中の女性の多くがその世代に相当します。今回の大流行で妊婦さんへの感染を防ぐために当院ではご主人にワクチン接種をしていましたが、ワクチンはたちまち品薄となり、現在はただ注意するようにとしか対応ができなくなってしまいました。
北海道ではどうゆうわけか風疹流行の余波はほとんどなく、当院でもさいわいなことに妊婦さんの風疹は発症していません。しかし、風疹ワクチン接種の空白世代を作った当時の行政に怒りを覚えます。
つぎは子宮頸がんワクチンについて。最近、自治体を中心として思春期の女の子に対しての無料接種がすすめられてきました。これで子宮頸がんで苦しむ女性が少なくなるぞと喜んでいたら、有害事象を否定できない症例が発症したため、厚労省は「積極的にはお勧めしません」と宣言してしまいました。これには、われわれ産婦人科医は、体中の力が足もとからスーッと地球の底へ抜けて行くような気がしました。有害事象とされる例を検討しても本当に因果関係かどうかははっきりしていません。前後関係は確かですけど。子宮頸がんは本当にコワイ病気です。日本ではこの病気で毎年三千人近くの女性が亡くなっています。1日にして7人です。冒頭でも述べたように風疹で死んだ人はこんなにいません。風疹で1日で7人も死んだら、日本中は大パニックになるでしょう。こんなに恐ろしい病気なのに世間が危機感をいだかないのは、子宮頸がんは急に死ぬ病気ではないからです。
マスコミの対応にも腹が立ちます。有害事象とされる女性の痙攣した映像を長々と放映しました。これでは国民が身を引くのも無理はありません。このような状況で厚労省は「有効性とリスクを理解した上で受けてください」と責任を国民に丸投げしました。昨年は子宮頸がんワクチンを受けに毎日のように女子中学生が受診しましたが今年はほとんど来ていません。子宮頸がんで急に死ぬことはありませんが死ぬときは惨めです。意識のあるときは出血やイヤな臭いのするおりものと耐えがたい痛みが続きます。昨年、中村仁一著『大往生したければ医療と関わるな』(幻冬舎新書)がベストセラーになりました。「死ぬのは『がん』に限る。ただし治療はせずに」と書いてあり、私も「なるほどな」と納得しました。がんで余計な治療を受けなければ、お金もかからず死の準備もできます。しかし、悲惨な婦人科がんは論外です。その辺の所をよく考えてみてほしいと思うのであります。
第87回 忙酔敬語 風疹と子宮頸がん