妊娠すると約40%の妊婦さんがいわゆる妊婦貧血といわれる状態になります。生理も止まり、体から出て行く血もないのにどうしてでしょう? 妊娠すると体重も増えますが、血液の量も1000ml以上も増加して血液が薄められます。その結果、血液検査では貧血ということになるのです。分娩には出血がつきもので、生き残るための進化の過程で血液の量が増加したのではないかと考えられています。その証拠にお産で1000ml出血しても輸血することはまずありません。男性だったら800mlの出血でもひっくり返ってショック状態になります。母は強しです。またやや薄めの血液は胎盤の隅々まで行き渡るため、赤ちゃんの発育が良好だという報告もあります。しかし貧血の程度が重いと赤ちゃんの発育も悪くなるし、産後の回復にも影響が出てきます。WHOでは妊婦中でも血色素は11.0g/dlを目標にするように勧告しています。私は血色素が10台を下回るようなら鉄剤を処方しますが、それ以上なら食事やサプリメントで乗り切るようにすすめています。
「鉄分の多い食べ物は何だか知っていますか」と訊くとたいていの妊婦さんは「ほうれん草とかヒジキ」と答えます。確かにほうれん草もヒジキも悪くないけれど、植物に含まれる鉄よりも動物に含まれる鉄の方が吸収が良いのです。鉄分の多い食品で代表的なのはレバーですが、一般にはそれほど人気はなく、またレバーにはビタミンAが過剰に含まれているのでとくに妊娠初期の妊婦さんは程々にした方が良さそうです。食品表をみると鉄分の多い食品としてホヤやシジミがラインナップされていますが、これってそんなに大量には食べられる物ではありません。簡単にいうと赤みの肉や魚がよろしい。
肉なら牛肉、北海道民なら羊のジンギスカン。エゾシカも鉄分豊富ですが誰でも食べられるわけではない。豚肉はまあまあといったところ。鶏とくにササミの部分は鉄は多くありません。鯨類も鉄分豊富ですが、前回のブログでも書いたように水銀の問題がありますのでおすすめはできません。しかし南極産のミンククジラは水銀量が少なく安全らしい。それでもそんなに口にする機会はありませんよね。
赤身の魚と白身の魚の違いはご存じですか? 赤身の魚=青魚と理解してほぼ間違いありません。身の赤いサケは実は白身の魚です。赤いのはエサのせいで鉄は多くありません。例外的に白身の魚の中ではアユやシシャモは鉄分豊富ですが、ヒラメやタイは貧血状態です。代表的な赤身の魚は、カツオ、イワシ、サンマ、マグロ、ブリ、サバなどがあげられます。マグロは水銀の問題で論外。イワシは丸干しにしたのはカルシウムも豊富で妊婦さんにはおすすめです。ブリやサバは美味しいけれど脂がのりすぎると胃にもたれますね。その点カツオは大変よろしい。土佐風の表面を軽く焙ってニンニクと一緒に食べるタタキもいいけれど、私はそのまま刺身をショウガ醤油で食べるのが好きです。他の魚の刺身はワサビですがカツオの場合は不思議とショウガが合う(イカ刺しも同様)。残念ながら北海道のスーパーで売られているのはあまり鮮度が良くなくて美味しくありません。私は小学校時代のほとんどを東京都中野区で過ごしていたので、けっこうな頻度でカツオの刺身を食べていました。家庭で食べるのでふつうの魚屋さんで買ったのですが、とても美味しかった。先週まで研修医が2週間当院で研修していましたが、彼は宮城県出身で、やはりカツオはショウガ醤油で食べていると言っていました。われらが北海道民はサンマやシシャモ、ジンギスカン(タレは薄めに)、機会があればエゾシカで鉄分を摂りましょう。
第60回 忙酔敬語 妊婦貧血