「いいかい。そんな体でルッツを穫りに行ったらダメだよ」。私は浜益から来ている妊婦さんには必ずそう注意しています。浜益には知る人ぞ知る(知らない人の方が圧倒的に多いようです)まぼろしの珍味、ルッツがシケの時に浜に打ち上げられます。もともとは沖合の砂の中に生息しているため積極的に収穫するのは困難で、自然に浜に打ち上げられたのを拾うしかないのです。したがって収穫量は限られ他の地域に流通することはありません。浜益の人たちだけが賞味しているらしい。とにかくシケになるとルッツにとりつかれた人々が老若男女をとわず浜に飛び出して争ってルッツを拾い集めるのです。妊婦さんがそんな天気の悪い荒れた海岸でウロチョロするのは危険です。「え―っ、ダメなんですかあ?」、たいていの妊婦さんは恨めしそうな顔をします。その顔つきを見ると明らかに妊娠してもルッツ拾いをしていたようですし、今後も続けそうな気配です。
ゲテモノ好きの私はルッツについてはどこかで聞いたことがあり、いつかぜひ食べてみたいと思っていました。以前、浜益の入り口の濃昼地区に「濃昼茶屋」という海鮮料理専門の小さな料亭がありました(今は増毛に引っ越したのでありません、残念!)。NHKのローカル番組でも紹介されたこともある、これも知る人ぞ知る料亭でした。家族で年に2、3回行っては美味しい思いをしていました。あるときルッツの塩辛が出されました。ご亭主いわく「貝の仲間(軟体動物)」ということでしたが、量が少なかったで味に関する記憶は定かでありません。しかし、浜益の妊婦さんがルッツを「男の子のチンポコ」みたいな物だと表現したのを思い出し、本当に軟体動物なのだろうかと疑問をいだきました。
「待てば海路の日和あり」で最近、ちょっとしたいきさつからルッツを手に入れることができました。その方の家は海鮮物のお店で、ルッツは皮や内蔵を処理して真空パックにしたのをいただきました。獲れたてだったら刺身でも食べられるのですが、今回は焼いて食べるようにすすめられました。見たくれは赤貝のようでもありホヤのようでもありました。家に持ち帰りさっそく一切れを塩をひとふりかけてフライパンで焼きました。なかなかの味でした。塩味だけなのに何か特別な味付けをしたのではないかと思うほど甘く濃厚な味が口の中に広がりました。ルッツには気の毒ですが酒の肴のために生まれてきたような生き物だと思いました。結局「うまいうまい」と一パック全部食べてしまいました。この濃厚さは軟体動物ではないと確信し、翌日ネットで調べたら、正式名は「ユムシ」でミミズやゴカイの仲間と知りました。ウーム、納得。
私の夢の一つは、宮城県の海岸で、獲れたてのホヤを皮をむきながら食べて、潮風を浴びて辛口の冷や酒を呑むことです。今回、獲れたてのルッツを食べながら冷や酒を呑むという選択肢ができました。浜益は車で一時間ばかりの所なので現実性をおびてきました。酒酔い運転はダメだから帰りはどこかに一泊して朝食に新鮮な海の幸をいただいてからでよい。「それがいい年をした男の夢か」だなんて軽蔑しないでくださいよ。私の本当の夢は年末年始のブログに書いたように「世界の平和」なのですから。
第55回 忙酔敬語 ルッツ