佐野理事長ブログ カーブ

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第50回 忙酔敬語 訂正とお詫びと再び『イワンの馬鹿』

新年早々「訂正とお詫び」です。お恥ずかしいかぎりです。
昨年の大晦日のブログで、きな臭い世の中を憂いて、丸谷才一さんをダシにして司馬遼太郎さんの言葉を書きましたが、あの対談の相手は梅竿忠夫さんでした。ブログを書いた後、本の整理をしていたら『日本人を考える 司馬遼太郎対談集』(文春文庫)が出てきました。そのなかに丸谷才一さんの名はありませんでした。「あれっ、それじゃあ誰に対してあんな事を言ったんだろう」と思ってページをめくってみたら、梅竿忠夫さんとの対談の中で「戦争をしかけられたら」というテーマがありました。そこで司馬さんはつぎのようにお話ししていました。「戦争をしかけられたらどうするか。すぐに降伏すればいいんです。戦争をやれば百万人は死ぬでしょう。レジスタンスをやれば十万人は死にますね。それより無抵抗で、ハイ持てるだけ持っていって下さい、といえるぐらいの生産力を持っていればすむことでしょう。向こうが占領して住みついたら、これに同化しちゃえばいい。それくらい柔軟な社会をつくることが、われわれの社会の目的じゃないですか」。それに対して梅竿さんは「目的かどうかはわかりませんけれども‥‥‥いいヴィジョンですな」と微妙な答え方をしていました。この対談は昭和44年11月に行われています。現在と異なり高度成長の時代で、GNPも世界第2位になったばかりで日本はとても元気でした。
でも、お話の内容はほとんど同じでしょう? それほどボケてはいないと思うことにしました。しかし、やはり目から鱗ですね。『イワンの馬鹿』ですね。第38回のブログで『イワンの馬鹿』について書きましたが、トルストイが偉大だといっただけで『イワンの馬鹿』の内容についてはほとんど触れませんでした。ここでイワンの国が戦争をしかけられた部分をチョッピリ紹介します。

イワンはいろいろないきさつから、ある国の王になりました。そこへタラカン王が戦争をしかけてきます。タラカン王の兵士たちは行軍をしましたが、イワンの国には軍隊の影も見あたりません。見かけるのはただの住民で、自給自足の暮らしをたてているのです。手向かうどころか、何でも差し出し、あげくにはこちらで暮らすようにと誘ってくれるのです。「ねえ、あんたたち、まあ、かわいそうに。あんたらの方は暮らしむきが良くないのなら、こちらへ引越されたらどうです。ご一緒に住もうじゃありませんか」と誰もが声をかけてくるのです。兵士たちは戦意を失いかけますが、タラカン王は激怒して、兵士たちに命じて村を荒らし、家を壊し、穀物を焼きはらい、家畜を屠殺させました。馬鹿たち(イワン王の国民)は誰ひとり手向かいません。年寄りから小さい子供たちまでただひたすら泣くばかりです。村人たちは泣きながら「何のためにあんたがたはわしらをいじめなさるのか? 何ゆえに大切な富を無駄になさるのか? もしお入りようなら自由にお取りくださればよいものを」と口々に嘆きます。兵士たちは自分が忌まわしく思えてきました。ある日、すべての軍隊が進軍するのをやめて、みるみるうちに解散してしまいました。

現実はこんなに甘くはないでしょうが、凄まじいほどの反戦ぶりです。トルストイの平和への願いは並外れていますね。司馬遼太郎さんもきっと『イワンの馬鹿』のことを念頭に置いてあんな事を言われたのかもしれません。