東洋医学会北海道支部の懇親会のときでした。開宴に先立ち、各先生がおのおのお気に入りのメーカーの五苓散を取り出して飲みました。五苓散は水分の代謝を調整するので悪酔いや二日酔いの防止になるからです。それならお酒なんか飲まなければ良いのに、と下戸の人は思われるでしょうが、そこは酒飲みのサガでしかたありません。
その中に本草の五苓散を飲んでいる先生がいました。何でも本物の五苓散とのこと。1包もらって飲んでみると、香りが強く、なるほど効きそうな感じがしました。横で見ていた、はるにれ薬局の小寺社長いわく、薬価があまりにも安いので売れば売るほど損をする可哀想なメーカーだ、とのことでした。
五苓散は多くの製薬メーカーで製造販売されていますが、本草の五苓散はエキス剤ではなく本物の散剤です。エキス剤とは生薬をいったん煎じてから水分を除去したものです。葛根湯などもともと煎じ薬として作られた処方ならそれほど問題はないのですが、○○散とか○○丸とか生薬をそのまま粉末で服用したりハチミツなどで丸薬にしたものをエキス剤にすると揮発成分が飛んでしまって本来の威力を発揮できなくなる可能性があります。
漢方医のなかには今でもエキス剤は漢方としては認めない、と頑固に言い張っている先生もいます。本草の五苓散以外に保健で使える本物の漢方薬はウチダの八味丸です。
ではエキス剤がダメかというとそうでもなく、以前、試しに当帰芍薬散を散剤にして飲んでみたところ、あまりの刺激の強さにむせ返りました(主犯は当帰と川芎らしい)。矢数道明先生もエキス剤の方が飲みやすいと推奨しておられました。
とにかく本草の五苓散は低価格なので、生薬の香りや粉感が気にならならない患者さんは喜んで飲んでくれました。
しかし、とうとう採算が合わなくなり製造中止のお知らせが来ました。薬価は厚労省が決めているので、勝手に上げることはできません。弱小メーカーがモロに虐められていますが、生薬の値段が高騰すれば他のメーカーも危なくなります。厚労省は医療費の削減のために漢方薬が保健では使えないようにもくろんでいるというウワサがありますが、事実なんでしょうかねえ?
ここで思い出したのがオースギ四苓湯。これも本物です。五苓散から桂皮(ケイヒ)を除いて、沢瀉(タクシャ)、茯苓(ブクリョウ)、蒼朮(ソウジュツ)、猪苓(チョレイ)で構成されています。四苓湯と称しながら散剤なので四苓散というべきですが、もともと四苓湯という湯液だったため、今さら処方名を変えるワケにはいかないようです。
桂皮を除いた理由についてオースギの営業マンは桂皮のアレルギーのある患者さんがナンチャラカンチャラと言っていますが、ズバリ桂皮の必要がない人向けだと言えばよいのです。具体的には頭痛がないということです。漢方薬は様々な生薬で構成されていますが、薬味が少ないほど切れ味は良い。たとえば沢瀉湯は沢瀉と蒼朮の二味から構成されていますが、めまいの特効薬です。実際には沢瀉1.5gと蒼朮0.6gを散剤にして頓服で処方していますが、これでダメから、めまい専門医のいる耳鼻科へ紹介しています。
さてマボロシとなった五苓散の散薬。オースギ四苓湯に桂皮末をチョイ足しすることにしました。これで本物の五苓散が復活しました。桂皮末は葛根湯や桂枝湯で頭痛が今一つという患者さんのために用意したのですが、こんなことで役に立ってしまいました。
第312回 忙酔敬語 本草の五苓散が製造中止