抗不安薬とはいわゆる精神安定剤です。多くはベンゾジアゼピン系といわれる薬で、原型はジアゼパム(セルシン、ホリゾン)です。
精神科や診療内科では昔からさかんに使われてきました。それを強化した薬としてワイパックスやデパス、マイルドにして眠気を抑えたリーゼ、その中間のソラナックス(コンスタン)などがあり、それらを使い分けられれば薬物療法に関しては一人前とされてきました。
それが最近、使ってはダメらしいのです。短期間ならOKですが、長期使用するとアルツハイマー病にかかる人が多くなり、また、死亡率が高まるという報告があり、大学病院の精神科の多くの医師がこの説を信じて、イケナイ薬としてあつかうようになったからです。
今年、精神科の先生の集まる勉強会に紛れ込みました。不安に関する最前線の治療が知りたかったからです。ある大学教授がリーゼを使う必要にせまられたとき、声をひそめてしかたなく使ったんだと言う様子が、まるで『ハリー・ポッター』の登場人物達が、「名前を言ってはいけないあの人(ヴォルデモート卿)」と言っているようで滑稽でした。
しかし、ここまで来ると、大学病院の精神科では不安障害を治療するのは難しいのではないかと心配になりました。
SSRIの新製品が登場するにあたってネットでの講演会がありました。講師の先生はデパスを1日に1.5mg以上使用すると依存症になるので新薬のSSRIに切り替えていくべきであると語っていました。始めはオレも安易にデパスを長期間処方していたなと反省しましたが、終了後、これって病気喧伝ではないかと勘ぐってしまいました。
病気喧伝とは製薬会社や精神科医が、薬を売らんがためにデーターなどを操作することで、おだやかな言葉ではありません。このブログを読んだ関係者の方々は、ろくに勉強もしないで自分の経験だけでものを言うどうしようもないヤツだと怒るかもしれません。
しかし、新薬の勉強会に参加した市内の精神科病院の副院長の先生が、
「20年以上、デパスを使っているが、これほど問題のない薬はなかった」とつぶやいていたのが印象的でした。
そう言えば、10年以上も前にNHK「クローズアップ現代」で、抗不安薬に対する危険性についての特集がありました。そこでクローズアップされた薬は、私が日常茶飯事に処方する薬でした。その頃からベンゾジアゼピン系の薬に対する危険性が注目されていたようです。ベンゾジアゼピン系の薬物療法に替わる治療法として紹介されたのは認知行動療法などの心理療法でした。確かにこれで治るのなら良いよ、ただし、時間がかかるし人手もかかる、きれい事ではすまないんだよなあ、と思いました。この番組を見た人はどう反応するのだろうか、と心配になりました。さいわいにも当院で治療中の患者さんは誰も見ていなかったようで、クレームはまったくありませんでした。
これまでお付き合いをしている患者さんのなかにはSSRIも何もかも効かず、仕方なくベンゾジアゼピン系の薬を処方して改善した方がいました。大規模の統計的な調査ではSSRIの方が安全かもしれません。しかし、100%ではないはずです。例外は必ずあります。私たち臨床医はそうした患者さんにも接しなければならないのです。
第306回 忙酔敬語 抗不安薬が使えない