東洋医学を志す医師はたいてい自分でもお気に入りの漢方薬を飲んでいます。八味地黄丸や六味丸といった老化防止の薬を飲む先生が大多数です。私は産婦人科だからというワケではありませんが、女性薬として有名な桂枝茯苓丸を寝る前に飲んでいます。
桂枝茯苓丸には血液をサラサラにする作用があるからです。私の知り合いの先生で、脳梗塞がきっかけで体調を崩す方が少なからずいるのを見て、自分もそうならないようにと意地汚く飲んでいます。だからといって別に気分が良くなるワケでもありません。以前、夜間にこむら返りを起こして、薬箱にあった桂枝茯苓丸を飲んだら2,3分で効いたので、その辺の期待もありますが、はたしてどうなんでしょうね、よく分かりません。
疲れたなというときは十全大補湯を頓服で飲んでいます。これは効くような気がします。飲んで20分ほどで元気になったような気がして仕事を続けます。ちょっと甘く癒やし系の感じがします。ただし、人によって癒やされるかどうかは違うようです。
当院のスタッフに「最近、疲れが取れないんですけど何か良い漢方はありませんか?」と相談され、自信満々で十全大補湯を処方したのに「何だかよく分かりません」と浮かない顔でした。そこで、
「酸っぱいのは好きかい?」と訊いたところ、「はい、好きです」という返事。
そこで人参養栄湯を処方したところ、今度は本当に調子が良くなったとのことでした。
十全大補湯も人参養栄湯も疲れ切った患者さんによく処方される漢方薬です。貧血気味で体力も落ちている人に向いていて、構成生薬も人参、黄耆、朮、茯苓、甘草、地黄、当帰、芍薬、桂皮と9種類も重なります。
違いは十全大補湯がこれらに血行改善作用がある川芎が加わること、人参養栄湯は呼吸器系の疾患に効く遠志、陳皮、五味子が加わっていることです。
五味子は酸っぱくて、これが入っていれば誰でも気づきます。小青竜湯、苓甘姜味辛夏仁湯などなど‥‥‥。私は鼻風邪の患者さんに苓甘姜味辛夏仁湯の説明をするとき、決まって口の中に唾液が出てきます。まるでパブロフの条件反射の犬です。
ある漢方製薬会社が人参養栄湯を売り込むための講演会に参加したとき、試供品のエキス剤をそのまま口の中に放り込みました。ジワジワと酸っぱい五味子の味がこみ上げ、疲れを取るだけならオレには五味子は不要だなと思ったことでした。
しかし、クシャミ、鼻水のときの苓甘姜味辛夏仁湯は爽やかに感じます。鼻水はまたたく間に止まります。五味子大歓迎です。
さて、ある日、帝王切開の創がなかなか癒えない患者さんが受診しました。創の一部がグチュグチュして黄色い浸出液がにじんでいます。痛みも熱もありません。一か月検診は既に終わっています。こんなときにヤミクモに抗生物質を処方するのは禁物です。細菌感染の可能性は低いからです。でも、もし感染だったら困るな、と迷いました。そこで排膿散及湯を処方しました。これは便利な処方で、腫れ物だったらニキビにでも使えます。しかし、やはりダメでした。そのとき、創がなかなか治らない小児に十全大補湯が奏効したという有名な話を思い出しました。そこでさっそく処方しようと考えましたが、ふと、
「酸っぱいのはお好きですか?」と確認してみました。
「大好きです!」。人参養栄湯がバッチリ効きました。
第304回 忙酔敬語 酸っぱいのはお好きですか?