ある漢方研究会のことでした。
ワークショップがひどかった。
医学系の学会発表は、一般演題、ワークショップ、特別講演の順で格が上がります。
ワークショップとは本来、参加型のセミナーのことですが、医学系の学術講演会では1つのテーマについて何人かの講師が教育的な講演をするのがならいです。
今回のワークショップのテーマは「妊娠と漢方」で演題が3題でした。
1題目は、冷え症で分娩が進まない産婦に桂枝茯苓丸を投与したところ、温まって気分が良いなあと思っているうちに2,3時間でお産になったという10例の症例報告でした。
あまり順調なお産のため、「過強陣痛ではないのか」と質問が出るほどでしたが、講師は「大丈夫でした」とすました顔でした。
もともと桂枝茯苓丸は妊婦に使用すると流産の危険があると言われてきました。とくに構成生薬の桃仁と牡丹皮がヤバイらしいのです。
午前中の一般演題では胎盤遺残に有効だったという症例報告がありました。
準特別講演的なランチョンセミナーでも、桂枝茯苓丸は早産させる恐れがあるので妊婦には投与すべきではないと明言されていました。
この流れだと本当に桂枝茯苓丸は妊婦には危険な漢方薬と再認識されそうです。
2000年近くも前の『金匱要略』によると、桂枝茯苓丸はもともと子宮筋腫を合併する妊婦の痛みに使用されたようです。「ようです」というのは、記述が曖昧で断言するには至らないからです。
私は2008年から2009年にかけて流産と診断した39名の妊婦さんに対して、桂枝茯苓丸を中心とした、手術をしない治療をしました。その結果、36名が手術しないで治療を終了することができました。「中心とした」という表現をしたのは、桂枝茯苓丸以外、桃核承気湯などいわゆる駆瘀血剤といわれる薬を使用しているからです。
不妊症専門医の先輩A先生は、過度の流産手術は子宮内膜を傷つけ不妊の原因になるため、「佐野、それは良いことをしてるなあ」と賞賛してくれました。
しかし、他施設の何もしないで経過を診た報告と比べて、ほとんど差がないことが分かり、現在、流産の漢方治療はよほど痛いとか言わないかぎり無駄なのでしていません。
以上の経験から正常妊娠の妊婦でも桂枝茯苓丸は安全なのではないかと考えるようになりました。
そこで2009年から2012年にかけて23名の下腹部痛を訴える妊婦さんに桂枝茯苓丸を中心とした漢方治療をしたところ、有効が20例、無効が2例、判断不能が1例という結果が出ました。さらに22名は無事にお産にいたりました。1名は残念ながら流産でしたが、経過の流れから桂枝茯苓丸が原因とは考えられませんでした。
さて、ワークショップにもどります。桂枝茯苓丸が危ない薬と認識されたら大変です。
「素晴らしいご報告をいただきありがとうございます。しかし、効かなかった症例もあるはずですがいかがでしょうか? 数だけでも教えていただけませんか?」
講師の先生は最後までシラをとおしました。ある治療法について症例報告をする場合は効かなかった症例についても検討すべきです。まことに後味の悪いワークショップでした。
第295回 忙酔敬語 症例報告