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第292回 忙酔敬語 『金匱要略』を斜め読み

大正年間、頑固で有名だった漢方医の中川昌義先生は、よく患者さんを一喝したそうです。そして出した薬が、葛根湯、大柴胡湯、小柴胡湯、桃核承気湯、大黄牡丹皮湯の五方で、ほとんどこれらの処方か、その組み合わせで診療していました。
その頃の漢方薬はすべて生薬を調合していたので、この五方に使用された生薬でいったいどれだけの処方ができるか興味がわきました。そして、現在、保険適用のエキス剤として使用されている処方をピックアップしてみました。
桂枝加葛根湯、桂枝湯、桂枝加芍薬湯、桂枝加芍薬大黄湯、芍薬甘草湯、甘草湯、桂枝加芍薬湯、黄芩湯、大柴胡湯去大黄、四逆散、調胃承気湯、大黄甘草湯。
ほとんど風邪や胃腸の薬です。どうやら中川先生は女性の患者さんはあまり診なかったようです。何かあれば一喝するので、女の人はこわくて受診できなかったでしょう。
産婦人科医としては、当帰芍薬散や桂枝茯苓丸を是非とも加えたいので、五苓散と女性のための生薬である当帰と川芎も参加させたら、有名どころで以下の処方ができました。
当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、苓桂朮甘湯、四君子湯、小半夏加茯苓湯、当帰建中湯、等々。
待てよ、1800年以上も昔は、さらにいろいろな薬があったはずだと、大塚敬節著『傷寒論解説』や大塚敬節主講『金匱要略講話』をひもとくと、続々と新手の処方が見つかりました。正直言って今までこれらの本に目を通したことはほとんどありませんでした。
そのチョイスした20以上にもなるの処方の中で、とくに気になったのが、『金匱要略』の小半夏湯と大半夏湯でした。
小半夏湯は、半夏と生姜の2味からなる薬です。現在、エキス剤として小半夏加茯苓湯(半夏、生姜、茯苓)がつわりなどの吐き気どめとして使われていますが、そのもととなっている処方です。うかつにも、これまで何で「小半夏」なんて言うんだろうと漠然と思っていたのですが、やっと正体が分かりました。
とにかく目の前にいる吐いている人のために工夫された薬です。半夏は強い制吐作用がありますが毒性もあります。その毒性を生姜(ショウガ)で緩和します。生姜自体にも制吐作用があり、アメリカなどでは単独でつわりの薬として使われています。
小半夏湯にめまいに効く茯苓を加えると小半夏加茯苓湯となり、この方が応用範囲が広いためエキス剤として現在に残りました。
大半夏湯は、半夏、人参、白蜜から成ります。
「おや? 白蜜なんて生薬、今まで登場していないぞ」
などとヤボは言わないでください。上等な蜂蜜のことで、食べ物として誰にでも手に入るので、ここは目をつぶってください。
ただ吐いているだけでなく、もうヘトヘトになっている人に、人参や白蜜で体力をつけるのが狙いです。
半夏の毒性をとる生姜はどうしたんでしょう。半夏は充分に毒抜きして製半夏にすると安全になります。私も食べたことがありますが、パリパリしてえぐみは感じませんでした。
とにかく『金匱要略』に掲載されている処方は単純明快で、病気を治そうとする意志がヒシヒシと伝わり、好感がもてます。温経湯といった複雑な処方もありますが、後世の人が間違って載せてしまったのだ、と私は考えています。