「佐野ちゃん、俺と一緒に香港に行かない?」
今から8年も前のこと。当時JR病院の副院長だった寒河江悟先生(現・札幌西孝仁会クリニック婦人科部長)に誘われました。
寒河江先生は勉強熱心で、学閥を越えた研修会を開催したり、さらには国際的な学会活動もしていました。その1年前にも香港中文大学産婦人科婦科の先生方を札幌に招いて、講演会を取り仕切りました。私は専門外だったので参加しませんでしたけど。
今回は、その返礼的な講演をするとのことでした。香港中文大学産婦人科医局内でのこぢんまりとした講演会です。中文大学の出身者で各国で活躍している先生方が集まり定期的に開催されているということでした。
どうして私が誘われたかというと、女性の骨盤痛を鍼治療で一瞬に治療する方法をあみだしたばかりで、会う人ごとに自慢していたからです。
昔、香港は英国統治下にあったので、広東語のほかに、知識人は自由に英語が話せます。ですから講演会は英語で行われました。
でも私は語学はからきしダメ。コツコツと勉強するのが苦手で、興味がわいた部分だけに集中するので、学生時代も一冊の教科書を始めから最後まで読みとおしたことはほとんどありませんでした。それでも医者にはなれます。
大学1年目のとき選択で自由英会話がありました。講師はミニスカートで金髪のヤンキー娘だったので、これはシブトク続けることができ、英語で夢を見るまでになりましたが、英語のテキストをスラスラと読みこなすことは、ついにできませんでした。
さて、今回は1人20分間の講演です。2週間の集中トレーニングで何とか話せましたが、相手の言うことはほとんど分からず、実質的には1人きりの講演会でした。
季節は11月。亜熱帯の香港でも涼しくて最高の心地よさでした。
しかし、クーラーをがんがんと効かせる習慣がしみついているので建物の中は冷え冷えで、ロボット手術を見学したとき、フィリピン人の女性医師は唇を青くしていました。
香港は食いしん坊で知られる広東文化圏で、XO醤発祥の地でもあります。混んでいる店だったらどこに入っても美味しい料理をリーズナブルな値段で食べられました。
私たち日本人2名は、中文大学の接待を3回受けました。一日目は一般的な広東料理店。超高級ではありませんが地元人が集まるお店でした。
二日目のお昼は名物の点心。昼食だというのに点心は次から次と運ばれてきて、お腹いっぱいになりました。寒河江先生が値段を訊いて、その安さにビックリしていました。私もビックリしましたが、いくらだったか覚えていません。日本人だけだったらこんな店はチョイスできなかったでしょう。その日の夜、20分ほどのドライブで海岸にあるシーフード専門店に連れて行かれました。店先の水族館みたいに展示されている生きている魚介を選ぶと、たちまちトントンという包丁の音が調理場から聞こえ、さらにジャージャーと強火で炒める音がしたかと思ったらすぐに一皿が運ばれてきました。いやもう絶品でした。 香港人は基本的に生ものは食べません。前年、札幌に招待したとき、今回いろいろお世話してくれた若い女性の先生は、最後まで刺身に手をつけなかったそうです。
地元の先生たちに案内された香港、実に良かった。今でも時々思い出します。
第291回 忙酔敬語 思い出の香港