北海道の人々にとって運動会は特別な存在です。小学生や幼稚園児の健気な姿を見るために一族郎党が集まります。1人の子供のために両親はもちろん、両家のジイちゃんバアちゃん、あるいは親戚、はては近所の知り合いまで楽しみにしています。
これは本州の人たちには理解できない珍現象だそうです。道民にとって明治開拓時には運動会以外には健全な娯楽というものがなかったため、運動会は一大イベントとなり、それがめんめんと現在にまで至っています。
私の生まれは小樽ですが、小学生になる前に父の転勤で東京に引っ越したため、小学1年生から5年生の秋までは中野区立武蔵台小学校に通っていました。
当時、東京の小学校の運動会は春と秋、年に2回開催されていました。春は生徒だけで行われ、秋は家族も参加しました。しかし、せいぜい両親だけでよほど近場でもないかぎり、ジイちゃんバアちゃんまでわざわざ見物に来るということはありませんでした。
小樽でむかえた小学6年生の春に、クラス会で、
「前日からの席取りはやめましょう」という発言が出たときは、何て田舎に来たんだろう、と呆れました。
さすがに今では前日からの席取りは行われていませんが、私の子供達が幼少のみぎり、カミさんに当然のように早朝から席取りに行くように命じられました。カミさんも田舎もんなんだと思い知りましたが、朝起きだけが取り柄の私は、逆らわずに言われるままに行動しました。
20年以上も前に北見にいたときは、校庭の隅で煙が上がっているので、何かと思って見ると何と焼き肉パーティーをやっている一団がありました。北見のとなりまちの美幌町は牛肉の産地なので、市内いたるところに安価で旨い焼き肉屋に満ちあふれていましたが、それでも市民は飽き足らず、空き地さえあれば、休日には昼間っから焼き肉パーティーを楽しんでいました。
北見赤十字病院に勤務していたおり、子宮体がんの患者さんが多かったのは、こうした肉食も関係していたかもしれません。当院に来てからは、体がんの患者さんはそれほど見かけなくなりました。
ところで私は病院の駐車場の片隅でささやかながら家庭菜園をやっています。5月下旬に苗を植えました。そして週末に水やりを予定していました。そこへ土曜の朝から願ったりの雨が降り始め、終日たっぷりと土壌を湿らせてくれました。ついでに翌日の日曜日の昼もトドメのようにドッと雨が降りました。
よせばいいのに私は、スタッフに、雨乞いをしたら降った降った、と言い回りました。 ちょうど、その時は運動会のシーズン。土曜に予定していた運動会は日曜日に延期されましたが、それでも昼前からの雨で散々だったそうです。
「先生、札幌中のお母さんから刺されるよ!」
冗談の通じないスタッフは本当に恐い顔を向けました。
このように札幌はいまだに田舎です。でも、この田舎感がどうも心地良い。
北大でも一時禁止されたキャンパスでのジンギスカンパーティー、いわゆるジンパが再開されました。こうでなくちゃ北大に行く意味がありません。
第280回 忙酔敬語 運動会と雨乞い