日本は中国や韓国と違って、医師の資格があれば東洋医学を行うことができます。欧米でも鍼灸は医師でも専門教育を受けなければ施行することはできません。唯一の例外はイタリアで、日本と同じように一般の医師でも鍼灸を行ってもおとがめはないそうです。
チャングムやホ・ジュンといった韓流の時代劇をご覧になった方はご存じでしょうが、韓国には伝統的に国家レベルで”韓医学”を系統的に学ぶシステムがあり、現在に至っています。そして”韓医学”の方が、西洋医学よりもステータスが高いそうです。
反対に日本は伝統を平気で捨て去る体質があり、明治国家は西洋医学を採用して漢方は排除しました。ただし、鍼灸に関しては、按摩の多くが目の不自由な人が生業としていたので保護しました。ちょっとは見なおしてもいいかもしれません。
さて、系統的に東洋医学の教育を受けていない医者が漢方を用いたらどうなるか? 答えは明白ですね。効きゃあしません。産婦人科の3大漢方薬で更年期障害の8割は治ると豪語している教授もいますが、別に更年期障害で死ぬわけではないので、確かに8割はいつかは治るでしょう。ただし漢方が効いたかどうかは不明です。
産婦人科の3大漢方薬とは、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、加味逍遙散のことです。
当帰芍薬散の目標を簡単に説明すると、いわゆる貧血で冷えとむくみがあり生理痛などの下腹部痛がある。更年期障害というよりも妊婦さん向けで、乾燥気味の女性に使用することはまずありません。私は乾燥している女性には「体と心を潤す薬ですよ」と言って四物湯をよく処方します。
桂枝茯苓丸は血の巡りを改善する代表的な方剤です。下腹部痛を主訴とする患者さんに対する第一候補の薬です。痛みの原因は血の巡りが悪いことなので、痛みは安静にしている方が顕著です。眠っていて朝方がとくにつらい、と言えば十中八九当たります。
加味逍遙散は精神安定作用のある漢方薬です。逍遙散という薬に牡丹皮、山梔子という体を冷やす(ついでに頭も)生薬が加味されています。逍遙とはブラブラと散歩することで、逍遙散は症状が日々変わりとりとめのない女性向きです。更年期障害によく見られる症状としてホットフラッシュがありますが、加味逍遙散はそんな症状にぴったりです。
さて、ビギナーズラックです。私が漢方を始めたのは医師になって三年目、市立室蘭総合病院に勤務したときでした。産婦人科部長の小國先生や先輩の槇本先生が熱心に漢方を実践していたので見よう見まねでトライしました。
子宮筋腫のため生理痛で苦しむ女性が開業医の先生から手術目的で紹介されました。その日の初診担当は私だったので、とりあえず桂枝茯苓丸を処方しました。2週間後の受診で患者さんは生理痛のみならず肩こりや腰痛もラクになったと喜んでいました。私も大いに喜び、その後は漢方にのめり込むようになりました。結局、この患者さんは、紹介してくれた先生をたてるべきという部長の判断で手術することになりました。私はフンガイしましたが患者さんは寂しそうに笑って受け入れました。しかし、子宮筋腫でこんなに効いたのは後にも先にもこの一例だけ。中国でも直径が4センチ以上の子宮筋腫は西洋医に回すとのこと。長い目で見れば小國先生の判断は正しかったのかもしれません。
桂枝茯苓丸のみならず、当帰芍薬散を処方した妊婦さんも体が温かくなったと喜ばれました。二つのビギナーズラックが現在の私を形成してくれたのでした。
第240回 忙酔敬語 ビギナーズラック