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第238回 忙酔敬語 『死すべき定め』(みすず書房)

週刊『日本医事新報』の仲野 徹先生の連載エッセイ「ええ加減でいきまっせ!」は私が楽しみにしているコーナーです。仲野先生は大阪大学医学部病理学教授。ばりばりの浪速っ子で、エッセイのなかにも時々大阪弁が登場します。基本的にネアカではありますが、ぐうたら学生には厳しく、落第させるべき奴は容赦なく落第させるので阪大医学部の学生に恐れられているそうです。優秀だと思われている阪大にもこんなアホがいるんだなあと呆れてしまいます。
その仲野先生が「読まずに死ねるか!」と絶賛したのがアトゥール・ガワンデ著『死すべき定め』。テーマは死と直面した老化と末期がんです。
アメリカっではこういった余命幾ばくもない人々に生命維持装置や抗がん剤など莫大な医療費が使われています。それなのに、その治療を受けている患者さんはただ苦痛の日を引き延ばされていくだけで、何のための医療だか分からなくなります。
〈「死すべき定め」に立ち向かう時、大事なことは「今を犠牲にして未来の時間を稼ぐのではなく、今日を最善にすることを目視して生きること」であるという。そして、医療者たちの仕事は「健康と寿命を増進する」ことではなく「人が幸福でいられるようにする」ことだと結論づけていく。うまく紹介しきれなくて忸怩たるものがあるが、読めば間違いなく人生観が揺さぶられ、人生に対する考えが変わるはずだ。‥‥‥‥‥。この本を読むことなく、死ぬべき定めに従わされることになってしまったら、絶対に後悔しますぞ。〉
仲間先生の書評の抜粋ですが、熱いですね。私としては書評の書評を書いているみたいで妙な感じです。実際の日本でも同様な問題を抱えていますが、治療者や患者さんのご家族の多くも仲間先生が心配されている以上に気づいています。でも、この本のように熱くまとめて綴った書は少ないので、確かに勉強になりました。
ただ、アメリカ人と日本人の生き方や死生観に微妙な違いも感じました。登場した患者さんたちは皆、残された人生に熱く思いを抱いています。それに対して情熱のある治療者はあらゆる対処法を模索しています。皆さん、熱い。
日本人の多くはもっと恬淡というか淡々というか、あきらめというか温和しい。肉食と草食の違いかなあ‥‥‥。もちろん、黒澤 明監督、志村 喬主演『生きる』のように残りの人生を熱く生きる人もいます。著者のガワンダ氏は日本の”業”という概念も紹介しています。私が日本人だったらなあ、と考えているうちに”業”が登場したのであらためて至れり尽くせりの書だなあと感心しました。
日本ではアメリカと違った暗い問題もあります。患者さんの年金を当てにしている家族が、さらなる延命を希望するのでイヤになったとこぼす友人がいました。また、ある患者さんは、もうすぐ百にもなる義母が意識もないのによけいな治療をさせられるとこぼしていました。月百万円近くもする治療をする。老人保健なので家族の経済的負担は大したことはないが、いい加減に止めてほしいと言っていました。
かく申す私も、新米医師のとき、若い末期がんの患者さんの疼痛管理を任されていましたが、鎮痛薬のために意識が薄れていく患者さんが「今、お父さんに大事なことを言いたいのに、頭がぼーっとして言えない、悔しいわ・・・」と言いながら命をひきとり、もっと何とかしてあげられたのではなかろうかといまだに悔やんでいます。