佐野理事長ブログ カーブ

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第219回 忙酔敬語 汗と美肌

先月、杏林大学皮膚科教授の塩原哲夫先生の講演を聴きました。美肌についてのテーマで、正直あまり期待していませんでした。極端に言うと医師のしての私は、ま、死ななきゃイイか、というのを取りあえずの目標にしているので、美肌は化粧品メーカーなどにお任せだからです。でも塩原先生のお話は深淵で哲学的とも言えました。これから紹介することは、私の聞き覚えによるもので、もし間違っていたら私の責任で、塩原先生にはあずかり知らぬことです。念のため。
基本的に乾燥は皮膚の大敵です。しっとりと汗をかいているのが大事。また、強い紫外線も肌荒れの原因となるのはご承知のとおり。したがって日本では湿度が高く日照時間の少ない島根県の女性に美肌が多いそうです。
塩原先生の外来では皮膚の湿り度を計測する小型の装置が用意されていて、患者さんの乾燥状態を数字で教えられます。皮膚科では虫眼鏡以外に患者さんを診察する装置がないため、これだけで尊敬されるとユーモアたっぷりにお話しになっていました。
塩原先生ご自身の皮膚はしっとり度満点に近いそうで、確かにキレイなお肌で、実年齢よりも二、三十歳ほど若く見えました。
赤ちゃんの汗腺は生後、2,3ヵ月で形成されるので、秋に生まれた子は寒い冬には汗をかくことが少ないわけで汗腺の数は少なくなります。そして大人になってからアトピーになりやすくなるそうです。だからといって秋を避けて妊娠するわけにもいかないし、出生後の保湿ケアで対策はたてられます。またアトピーの原因にはさらに様々あります。
対策は適度な運動で汗をかくことと保湿剤によるスキンケアです。
保湿剤とは基本的にヘパリン類似物質です。クリームとローションがありますがクリームの方が皮膚の乗りが良くおすすめです。これを入浴後にタップリ塗るのがコツ。どのくらいタップリかというと、ステロイド軟膏は人差し指の第一関節の長さに絞り出して両手の手掌の範囲に広げるのが基本ですが、ヘパリン類似物質クリームはこの三倍で、皮膚に白いクリームがうっすらと見えるように塗ります。この際、すり込んではいけません。そっと広げるだけ。
全身の発汗量は基本的に決まっているそうで、汗かきの人はどこか乾燥している部分があるとのことです。乾燥している部分の保湿を十分にすることで発汗も押さえられます。ですから汗かきを訴える患者さんの診察は全身くまなく診察して、乾燥している部分を見つけることが大切。たかが汗かきでは済まされないのです。
ここで思い出したのがアーシュラ・K・ル=グウィン著・清水真砂子訳『ゲド戦記』(岩波書店)シリーズの『影との戦い』。若きゲドは師のオジオンと旅をします。ある日、雨のためずぶ濡れになりました。魔法使いのオジオンに手にかかればこんな雨はたやすく止めることができるはずです。いぶかしく思ったゲドの気配を察してオジオンは言います。
「この世界は微妙なバランスによって成り立っている。もしここで雨を止めたら別の場所で大洪水を起こしかねない。だから魔法はむやみに使うべきではない」
哲学的ですね。もちろん塩原先生も。いたく感動した私はさっそく汗かきの患者さんに対応しましたが、「乾燥している部分なんてありません」とアッサリを全身の探索を拒否られました。まだまだ未熟者です。