年号が平成になって間もなくのこと、教授室に呼ばれました。教授はもう故人です。
「ツムラから小柴胡湯の産後の市販後調査を頼まれたんだけれど、佐野先生が適任だと思うのでやってくれないだろうか」。やんわりと言われましたが、ま、教授命令ですな。
ちょうど、その2年前にマタニティーブルースの研究のため、121人の褥婦さんの調査をしていたので、それを対照群とすればいいなと考え、二つ返事で引き受けました。厳密に言うと対照群は同時期に行った人たちでなければならないのですが、となりの人が薬をもらっているのになぜ私がもらえないの?と言われると面倒なので、この際、しかたないか、と調査を開始しました。
当時、札幌医大の産科では正常分娩だったら初産婦さんでも経産婦さんでも産後6日目に退院としていたので、今となっては再現が困難で、ある意味でラッキーでした。昨今、当院ではキャサリン王妃のように早期退院を希望する褥婦さんが多いので、こんな調査は不可能です。なかには煙草が吸いたいと翌日に帰った不埒なお母さんもいます。
さて、産後の調査ですが、産後1日目から6日目まで毎日、疲労や抑うつに関しての30項目のパンフレットを配布して数十分後に回収し、データー解析をしました。「また、やるの?」と迷惑顔をされたりしましたが大学病院でお産した定めと完遂しました。
ツムラ小柴胡湯の「効能又は効果」には「産後回復不全」という項目があります。これは後漢時代の医学書『金匱要略』に産褥熱と考えられる褥婦に効果があったと記載されているのに、抜け目のないツムラが目をつけて申請したのでした。漢方薬のエキス剤が保健適応になったのは昭和53年。現在は適応症の審査は臨床試験で効果が認められなければ通りませんが、当時の厚生省はのんきなもので古典の記載でもOKしてくれました。
私個人としては、甘麦大棗湯という甘くて飲みやすく、「夜泣き、ひきつけ」の適応になっている処方を使いたかったのですが、産後のお母さんに対する適応がないので(確かにお母さんの「夜泣き、ひきつけ」では論文にならないよなあ・・・)小柴胡湯を使わざるを得ませんでした。小柴胡湯は薬価も高く、内科では慢性肝炎の患者さんに広く処方されていたので、ツムラのドル箱でした。
さて、調査の結果ですが、予想に反して小柴胡湯を飲んだ褥婦さんは飲まない群とくらべ、疲労も抑うつも改善しづらいことが判明しました。幸い悪化した例はありませんが、教授に報告したところ、教授は困った顔をして「佐野君、何とかならないかね」と言いました。困ったのは私の方で、データーを改ざんするわけにもいかず途方にくれました。そこで思いついたのが「正常の褥婦」というフレーズでした。対照群121名の内訳で心理テストで「健康なタイプ」83名を拾い上げ、小柴胡湯の調査の「健康なタイプ」64名と比べると、それほど悪くないという結果が出ました。それに加えて小柴胡湯が著効した症例を2例くっつけて論文を書いたところ、教授もホッとしたように頷いてくれました。
それまで小柴胡湯は安全な薬とされ盛んに使用されていましたが、私は何だかアヤシイなと危惧を抱くようになりました。そして数年後、新聞の第一面に小柴胡湯の長期投与による死亡例がデカデカと掲載されました。それ見たことか、と思いましたが、昔の大家も体の弱い子に根気よく飲ませると丈夫になると太鼓判を押していて、ツムラのせいではありません。でも予防的に意味なく漢方を使うのは危険であるとつくづく思ったことでした。
第203回 忙酔敬語 危険な漢方