長年医者の仕事をしていると、なかなか絶対とは言い切れなくなります。
逆子が治った患者さんに「もう大丈夫ですよね?」と確認されても、「多分、大丈夫でしょう」と歯切れの悪い返事をします。逆子というのは赤ちゃんにとっても不自然な状態で、子宮の中でも窮屈なので頭位の方がラクです。逆子で生まれた赤ちゃんは足を頭の方へまっすぐに伸ばしてしばらく固まった状態で、居心地が悪かったのが分かります。でも健康を害することはほとんどないので逆子のお母さんは心配ご無用です。ここでまた「ほとんど」なんて曖昧な表現をしました。実はめったにありませんが赤ちゃんの首が斜頸といって斜めに固まってしまうことがあります。経腟分娩のときに首を引っ張ってしまったのが原因とされてきましたが、窮屈な姿勢のためだとも言われています。だからいったん頭位になった子が再び逆子に戻ることはめったにありません。しかし例外もあります。
妊娠中期からずっと頭位だった妊婦さんが陣痛のため受診しました。内診してみるとツルリとした赤ちゃんの頭は触れずデコボコしていました。どうも赤ちゃんのお尻と足のようです。超音波で確認してみるとやはりそうでした。お尻だけが先行して、すぐそこまで下がっていたら昔取った杵柄、久しぶりに逆子のお産でもやってみるところでしたが、下がりが不十分で足が先行していました。これなら昔でも経腟分娩はしません。緊急帝王切開しました。お母さんもご主人も唖然とした様子。こっちもビックリでした。
つぎは早産のお話。たいして陣痛もないのにすぐ生まれてしまう早産体質の妊婦さんがいます。赤ちゃんを支える子宮の頚管という部分が短いため開きやすいのです。妊娠中期で4㎝ならOK、3㎝以下なら要注意、2㎝未満なら入院管理も考慮しなければならないと言われています。
里帰り分娩のため妊娠34週で受診した妊婦さんがいました。赤ちゃんの頭は下がっていませんでしたが頚管長は2㎝をきって今にも開きそうでした。とにかく入院してもらいました。当院では36週に入ってからのお産はお世話できるので、妊娠35週末まで入院しました。退院時、子宮口も2㎝開いていて、いつお産が始まっても不思議のない状態でした。退院後、通勤のたびに「あの人、生まれた?」と夜勤のスタッフに訊きましたが首をふるばかり。とうとう予定日までもってしまいました。予想どおりお産自体は時間も短く安産でしたが、あの入院は何だったんでしょう。
友人の島野先生は早産対策の権威で、常々、膣の中の細菌が乳酸菌ばかりで健康だとよほどのことがないかぎり早産にはならないと言っています。この妊婦さんにはこの「よほどのこと」がなかったんでしょうね、きっと。
2年後、また、妊娠34週で里帰り分娩で受診。やはり頚管長は1.6㎝。おりものの検査は異常なく、お腹の張りもほとんどないので今度は張り止めの薬を処方しただけでした。そして、結局は予定日を過ぎてめでたく分娩。
最近、腟内細菌も正常で頚管長も4㎝近くある妊婦さんが、お腹も張らないのにいきなり破水して受診しました。まだ妊娠32週なので残念ながらNICUのある病院でなければ管理できません。救急車で高次病院へ搬送しました。その病院でなら楽勝です
このように医療の現場では100%ということはありません。「多分ダメでしょう」と言われても「多分」以外のこともマレにはあるので悲観しないでください。(次回へ続く)
第168回 忙酔敬語 例外について